2009/09/30

4号報告書と自分の現状

JICAへの4号報告書を提出しました。

赴任後18ヶ月の時期に提出するのが、4号。
残すところ24ヵ月後の最終報告書のみ…。
もう、そんなに経ったんだねぇ。


毎回書いていて、少しずつこの施設の状況が
良くなってきている事を実感して、ちょっと安心。


そして衝撃を受けたのは・・・
フォーマルな日本語、難しい。
ってこと。かなり苦戦した気がします。



月曜日から日本人の女の子がHogarに遊びに来てくれて
こども達の事とか色んな事をお話ししたんだけど、
自分の日本語があまりにもおかしい事に気付いて凹みました。

「それぞれの子が」って言おうと思ったら「cadaこども...」って喋りだすし、
気が付いたら自分で何言ってるのか解らなくなってるし。


これって、小さい頃にドイツから帰ってきて
日本人のお友達と喋ってて陥った感覚にすごく似てる。
喋りたい事は頭の中で固まってるのに、なかなか言葉になって出てこない。
あの頃は本当に酷かったんだよね…。

だからってスペイン語がペラペラになったって訳では全然ありません。
こどもの頃だって、ドイツ語はそこまで喋れてなかったもん。
ただ、頭の中で切り替えが出来なくて辞書が働かなくなっちゃうって感覚。
海外で生活してるみなさん、こういう状況に陥ってないの?なんで大丈夫なの?

とにかく自分は、かなりヤバイって事です。
このまま生活した半年後を想像すると、恐怖です。


と、自分の現状に対する不安は募るばかりですが
何はともあれ、報告書は無事に提出。

今宵はとっても幸せじゃー♪

2009/09/28

第四日曜日

昨日は第四日曜日で、こども達の家族がHogarに遊びに来る日でした。
諸事情によりサルサのコンクールに出るのは辞めたので、昨日はかなり久しぶりに第四日曜日をHogarで過ごす事に成功。いやー、やっぱり日曜日のHogarって良いね、と、改めて思いました。

あたしの第四日曜日の役割は(別に誰に期待されているわけでもなく勝手に思ってるだけ。笑)、スタッフが知らないこども達の顔を家族に話して聞かせて安心してもらう事だったり、誰も会いに来てくれないこども達といっぱい喋って遊んで楽しく過ごす事。


お昼前に外出先からHogarに戻ってみると、既に数人の家族がこども達に会いに来て帰った様子。そんなこども達は、「さっきお母さんが来たよー!」と笑顔で駆け寄って報告してくれる。久しぶりにお母さんが来て、なぜか照れてしまう子も居る。Hogarのこども達全員にお菓子や果物を持ってきてくれる家族も居る。

反対に、家族が誰も来ない子も、もちろん居る。家族が誰も居なかったり、居るのに、もうずっと来てくれなかったり。そういうこども達はやっぱりどっか寂しそうなんだけど、さすがに一年半も一緒に生活していると、色んな事を語ってくれるようになる。屋上で一人でお洗濯してたり、パティオに居る家族と楽しそうに過ごす子を横目で見ながら一人でボールで遊んだり、お部屋で一人で宿題やったり…。

そして、家族が来てくれてご機嫌だったこども達も、夕方になってみんな帰ってしまうと、実はすごく寂しい顔になってしまうのです。毎月必ず来てくれる家族も居れば、「また来るね」と言いながらも滅多に来てくれない家族も居る。「もうすぐ一緒に暮らせるようになるから待っててね」と言われ続けてもう一年が経つケースだってある。


そんな彼らと過ごすのは、実は一年前はちょっと寂しくて辛かった。でも、あたしが慣れたのか彼らが慣れたのか、そんな時間を一緒に過ごすのが当たり前になりつつある事に、昨日気が付いた。もう何ヶ月/何年も誰も来てくれないとか、本当はお母さんじゃなくて叔母さんに会いたいんだとか、悲しい時はどうしたら良いのとか、たまーに来るお母さんは嘘ばっかりつくの本当は解ってるんだとか、そういう事を、こども達が自ら語ってくれるようになった。

一年前のあの頃は想像も出来なかったけれど、一緒に生活する人に心を開くって、こういう事なんだね。特に思春期の女の子達との付き合いは難しくて、たまにご機嫌斜めになられると「どーしよーどーしよー」って思っていたけど、今は「そんなもんだ」としばらく距離を置いて、相手がまたあたしと話す時間を持とうとするまで待てるようにもなった。さらに、気が付けばあたしだって、中学生の女の子に対して自分の友人関係の愚痴を聞いてもらったりするようになってる。10歳以上も年下なのにね…(笑)


嬉しさと寂しさが入り混じる、ちょっと複雑な第四日曜日。
来月も一緒に過ごせますように。


おまけ・・・Eliasに弟分が出来ました。

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「赤ちゃんがいるよ~ 赤ちゃん何してるのー?」と、
4歳になりたてのEliasが2歳半のGastónをあやしています(笑)
そんなEliasが可愛くって、もーたまりません。

2009/09/25

あと半年

ペルーでの生活も、残り半年になりました。


駒ヶ根訓練所で、スペイン語を学ぶためにと先生が教えてくれた曲。

語学の仲間達とよく歌った曲。久しぶりに聴きました。



あまりにも久しぶりで、

そして歌詞にグッときて、笑える。

あれ、この曲の出だしってこんな歌詞だったっけ、って。

---
Se que hay en tus ojos con solo mirar
que estas cansado de andar y de andar
y caminar, girando siempre en un lugar
---


そうだよねー

ペルーに来てから、いつも同じポイントで悲しんで

正直者がバカを見るってこういう事かって凹んだりして

いつも同じ事の繰り返し…。

それでも人を信じて期待してしまう自分。

いつまで経っても、全く変わりません。

ま、それが自分のやり方だから、もう良いんだけどね。



残された半年の間にも、どうせまた

色んな種類の嘘に出会って悲しむに決まってる。

信頼を寄せていた人に悲しい事言われるに決まってる。


それなりに打たれ強いとは思っていたけれど、

それは身体だけで、心が痛むような打たれ方には

何歳になっても慣れない自分がいます。



でも、泣いても笑っても、あと半年。

きっとあっという間に過ぎるんだろうな。

くよくよ凹んでる場合じゃないな。


もうちょっと欲張って、楽しんで、強くなって、

そして、笑顔で日本に帰るんだ。


Pintarse la cara color esperanza
Tentar al futuro con el corazon...

2009/09/23

Día de la primavera

「primavera」とは、スペイン語で「春」のこと。
そう、ここペルーと日本では四季が逆なので、こっちでは今日が春分の日です。

朝晩はまだまだ厚着しないと辛いくらい寒くって
先週のイベントが終わったと思ったらお約束通りまた風邪引きましたが…
日中の日差しはだんだんと暖かくなってきて、春そのもの!

もうあと一ヶ月もすれば半袖で過ごせる上に
サングラス&日焼け止めが手放せない日々がやってくるでしょう。

もうこれ以上黒くなりたくはないけれど、やっぱり太陽の降り注ぐ晴れた日に
可愛いこども達と一緒にパティオで遊ぶのが一番の楽しみ。
そんな訳で、一人、心の中で春の日を祝ってます。


日本はこれから秋かぁ~。
あぁ…秋刀魚のお刺身が食べたい…。

2009/09/22

歯磨き

お昼ごはん後のEliasの歯磨きは、あたしの担当。



日本でこども用にチョコレートやいちご味の歯磨き粉があるように、

ペルーではChicha Morada(紫とうもろこしのジュース)味があります!


もう一年くらい、Eliasのために

あたしまでその味の歯磨き粉をずっと使っています。



最近は外出が多かった事もあり


良い意味で距離を置きぎみだったけれど


やっぱりあたしのお部屋に喜んで来てくれる姿は嬉しい。




video



かわいいっしょ。

ちなみに、使っているのは去年姉が持ってきてくれた

ポケモンの歯ブラシ。Eliasのお気に入りです♪



気が付けばもう4歳。すくすく育てよ~。

2009/09/19

打掛@ペルー

昨日の出来事ですが、こんなのやりました。
エンマヌエル協会のイベントの一部での着物ショーです。



自分で言うのもなんですけれど、似合いすぎると思いませんか…(笑)
「お手伝い」のつもりで参加したはずなのに
ものすごい頑張ってしまいました。でも、みんな喜んでくれて大満足。


詳しくはまた…。
今日はゆっくり休みます。

2009/09/16

日本食、満喫中。

最近は精神的にもちょっと疲れ気味だったので、
昨日はお部屋で一人、日本食で癒しタイムを満喫しました。


じゃーん!

うに!!!
そうです、6月に母が送ってくれた、あれです。


炊きたての白いご飯と、お味噌汁と、うに。
最高です。



あとは、少し前だけど、週末にリマで白玉作りました。姉が送ってくれたのです!

地元茅ヶ崎の親友が送ってくれた黒蜜をかけて頂きました。

美味しすぎて、本当は独り占めしたかった…(笑)



そして、この日はコロッケも。

Hogarの炊飯器だけではどうしても作れないので、リマに上京した時が勝負。

これは、パン粉さえ手に入れば余裕で作れる強い味方ですね♪



最高です。
日本、最高です。


最近は、日本からの救援物資を迷わず食べています。
たまんないね、日本食♪
みんなー、どうもありがとう!!!

2009/09/15

責任感と改善意識

「日本人は、改善のために生きている民族である。」
一年半弱という短い期間だけれど、ペルーに来て、この国で生きて、思う事。


日本人って、常に「昨日より今日、今日より明日」って、何かしらどんな小さな事でも良いから良くしようと考えている人が殆どなんじゃないかと思う。きっと日本で仕事をしている人達にとっては、きっとそんな事は考えもしないくらい当たり前の事。毎日毎日、小さな改善を要求されるのが当たり前で、その「責任を果たす=お給料を受け取る」という方式が潜在的に成り立っているのではないかな、と思う。

そして、ここ、ペルーではどうだろう。 もちろん全てのペルー人がとは決して言わないけれど、あたしが今まで出会った人たちの中には、「現状に満足、誰かがやってくれるのを待つ、持っている人から貰う、今大した問題が無ければそれで良いかな」的な考えを持った人が非常に多い。

中でも一番理解できない(するつもりも無いけれど)のは、何か物事が思い通りに行かなかった時に「Dios no quiere(神様が望んでないから)」と言い訳をする人が居るって事。いくら神様を信じていようと、何の努力もせずにそれを平然と言い、他人のせい、いや、神様のせいにしようとする人に出会うと、呆れてしまって言葉を失います。

あたしの愛する日本人の友人達のmixi日記やブログなんかを見ると、ちゃんと毎日お仕事に行って頑張っているのにも関わらず、その一歩先へ進むのが難しいからと言って、すごく悩んでいたりする。ココでの価値観に慣れてきてしまった自分としては、本当にそこまで彼らが悩む必要あるのかなと思ってしまうほど、責任感が強い。 だって、毎日、遅刻せずにお仕事に行くだけでも素晴らしい事なんだもん。もー、みんな、そんなに頑張らなくって良いよって言いたくなる(笑)



ちょっと、これを見てください。
ペルーの日系人協会、エンマヌエル協会、そして日系の大学等、日系人が関係している色々な場所に掲げられている言葉の一覧です。南米の国で、こういった精神を守ろうとしている人達が居る。これって、素晴らしい事だと思いませんか。



こういった言葉を意識し続け、責任感を持って行動する事を忘れなければ、必ず、いや、自然と改善に繋がるんだと、あたしは思う。(ちょっと自分の事は棚にあげてますけど…ごめんなさい。笑)


ペルーでは今年、日本人移住110周年を迎えました。
そもそもペルーに日本人が移住したのは、仕事を求めての事。当時、移住してきた日本人達の待遇や職業、歴史を振り返って見ると、それはもう本当に大変な苦労があったという事が良く解ります。今はとっても裕福な生活をされているけれど、かつては騙されて事業に失敗して非常に苦しい思いをされたり、日本に出稼ぎに行ってお金を貯めてペルーに帰国したり…と。

そんな日本人・日系人達が、今ではペルー社会に大きな影響を与える存在になっている。当時、国内に日本国民のための仕事さえなかった日本という国は、ペルーに多大なる支援をする経済大国になっている。日本人の勤勉さ、責任感、改善のための努力…全ての結果がコレなんだと、あたしは思うわけです。同じ血を持った日本人として、ペルー在住の日系人の皆さんの歴史を誇りに思いつつ、自分も見習おうと思うのです。



こんな事を急に書こうと思ったのは、最近、ペルー人の友人達との交流の中で、あまりの意識の違いに戸惑っているから…。10月にサルサのコンクールに出るとだいぶ前の日記に書きましたが、チームの中には、「そんなんで本当にコンクールに出るんかい!」と突っ込みたいほどに意識の低いペアが居てね…こんな状態だったら、時間とお金の無駄だなって、あたしは思うわけです。

いくら週末や夜は自由な時間を貰っているとしても、やっぱり出来るだけこども達と一緒に居たいあたしとしては、彼らとの時間を犠牲にして練習するには、それなりにちゃんと良い結果を出したい。ただのパフォーマンスで終わるなら、楽しければまぁそれで良いけれど、コンクールとなれば訳が違う。ところが…もっと良くするために指摘しようとしたあたしに、「彼らが気分を害するから言わないでもう少し様子を見よう」となだめようとする、信頼していたメンバーの一言。

あたしは、もう2週間以上も様子見たんですけどね…。それでも一向に良くならない。それなら、もう言うしかないでしょう。愛のムチを打ち込むしかないでしょう。でも…本人達が気分を害するから?だから、全然イケてないまま放置する?そこに愛はあるのか?!と、あたしは問いたい。


改善に、痛みはつきものです。それが実現した時には、そんな痛みだって、結果的に良い思い出として形を変えるのです。何事も、誰だって、そうやって成長・前進していくんじゃないでしょうか。

少なくとも、日本は、日本人は、そうやって来たんだと、言って良いと思う。ちょっと偏った意見だって声もあるかも知れないけれど、誰が何と言おうと、これが今のあたしの思い。


だから、ペルー!頼むから、もっと頑張れよ!!!
愛があるから、あたしは言うんだよ。

お兄さんになったElias

2週間前、Hogarにちびっ子がやってきました。名前はGaston。ちゃんとした書類がないので本当の年齢は未だ不明ですが、実のお母さん曰く、2歳半くらい(らしい)。4歳のお姉ちゃんJazminと一緒です。


2歳半って事は、EliasがHogarにやってきた時と同じくらい。が、今回やってきたGastonくんは、ちゃんと歩くし階段の昇り降りもしっかりしてるし、ご飯も基本的には一人で食べるし、お手洗いに行きたい旨も日中はちゃんと自分で言う。当時のEliasに比べると、えらい違いです。っていうか、2歳半ってコレが普通なんだよね・・・たぶん。

そんな中、やっぱりEliasはちょっとお兄さんぽくなってきました。ご飯を食べるのもちょっと早くなったし、「Gastonとどっちが早いかな、どっちが上手かな」って言うと、みるみると色んな事をこなすようになった(笑)


そんなElias、今週の土曜日、ついに4歳のお誕生日を迎えます。
今後が楽しみです♪

2009/09/08

Marinera

ペルーは国土も広いし、コスタ(海岸地帯)、シエラ(山岳地帯)、セルバ(アマゾン・ジャングル地帯)の三つがあるせいか、色んな種類の伝統的なダンスがあります。本当に同じ国のものかと思うくらいにそれぞれ特長があって本当に楽しい。

そんな中、一番のお気に入りは、Marinera(マリネラ)というダンス。




見てお解りの通り、超ロマンチックなダンスで、ハンカチをひらひら、スカートの裾をひらひらとひるがえして舞うわけです。男性は帽子とハンカチで両手を塞がれるので、ペアダンスなんだけれど絶対に接触しないというちょっと不思議な踊りでもある(笑)

基本的にどんなジャンルであってもダンスを観るのが大好きな自分ですが、いざ自分が踊るとなると「ペアダンス」、つまり「コネクション」が無いと面白さが解らないというのが自分の意見。(じゃあなぜ女性ダンスチームでパフォーマンスしていたのかと言われると、それはまた別のお話。)そんな自分が、なぜこのコネクションが一切ないMarineraにこんなに心惹かれるのかは全くもって謎です…。

このスカートのひらひら具合、そしてハンカチ、そして足さばき…初めてMarineraを見たのは日本で、母親が日本語を教えていた藤沢市のどこかの小学校でのペルー祭りでだったんだけど、今思えばあの頃から惹かれていたのかも知れません。この不思議な雰囲気のペアダンスに。


これはペルー北部のTrujilloという都市の踊りなんだけれど、もちろんリマにもたくさんコレを教えているスクールがあります。そう…スクールがたくさん…。そうです、実は、あたし、ついにMarineraを習う事に決めましたっ!!!今までも習いたいなと思いつつなかなか勢いがなかった自分ですが、先日、お友達に誘われて、ついに決めたのです。

だってペルー滞在はあと半年ちょっと。今習わなかったら、きっと一生この踊りを知らないままで、ネットで動画を見ては溜め息をつくのでしょう。そんなの嫌だもん!まぁたった半年で習得できるとは思わないけれど、10月のサルサのコンクールが終わったらサルサは控えて、Marineraに没頭しようと企んでおります。そして…日曜日はこども達にMarineraを教える!というオプションまで(笑)


見てください、超有名なペアのレッスン風景。




やばいよねー、素敵すぎるよね~。あぁ、楽しみ。すっごい楽しみ。
日本に帰ったら踊る機会なんてまずないだろうけど、
この1/10でも良いから何かしら覚えて帰りたいものです!!!


でもきっと、初Marineraレッスンの報告が書けるのは
10月のサルサのコンクールが終わってからになるでしょう…。
あぁ、早くMarinera習いたいよぉ。

2009/09/07

我慢したのは・・・

「石の上にも三年」ってのは良く言われる表現だけれど、

本当はこの言葉には続きがあって、

石の上にも三年。我慢したのは石の方。

と、言うそうです。

去年ペルーで出会ったお友達のブログから教えてもらった言葉です。



自分の努力や忍耐だけではなくて、

自分を支えてくれる人たちが居てはじめて

石の上に居続ける事が出来るんだって事かな。


真っ先に、家族の顔が浮かびました。

そして、職場のみんな、日本の友人達、協力隊の仲間達、

JICA関係者、そしてペルーで出会った優しい人達。


こんなにも安全で恵まれた環境で

充実した日々を送る事が出来るのは

本当にみんなのお陰なんだと痛感します。



どうもありがとう。

いつか自分が、みんなの「石」になれますように。

2009/09/06

Huánucoの兄弟

数ヶ月ぶりに、DanielとJuan Carlos兄弟にお電話しました。

昨年末にHogarを出て行く事になり、伯父さん達に引き取られたけれどなかなか上手くいかず(1月)、お母さんがやってきて最終的にはHuánucoという所に引っ越して行きました(5月)。

前はよくお電話して様子を聞いていたのに、7月末からなんだか体調が悪くて、そのせいか色んな面でヤル気がなかったんだと思います。精神的にもちょっと疲れてた。だから、離れてるこども達にお電話で連絡するのも、なんか気分がのらなかったんだと思う。


Danielからは12月の卒業式のマドリーナになって欲しいと頼まれてそれを引き受けたにも関わらず、よくよく考えたらHuánucoという地域はJICAペルーでは安全対策上、行ってはいけない地域だった事を後から確認したのです…。よく考えもせずに「12月にHuánuco行くからね!」と言ってしまった自分の軽率さにかなり凹みましたが…謝るなら早目に謝らなくちゃと思って、お電話しました。

先週からずっとかけ続けてるのにずっと携帯が繋がらなくてすごく心配だったんだけど、昨日やっと繋がって、二人のすごく元気な声が聞けました。もうHuánucoでの生活に慣れて、気候も良いし緑も多いし、好きな女の子とも上手くいってるし(笑)、お母さんや妹との関係も良いって、いっぱい話してくれました。

そして、今月末には学校で歌のコンクールがあるんだけど「世界に一つだけの花」を歌う事にしたと教えてくれました。兄弟それぞれ、歌ってくれるらしいです。あたしが去年のHogarの25周年記念のためにこども達に苦労して教えたあの曲、殆どの子が無くしてしまったに違いない歌詞カードを、大事にHuánucoまで持ってってくれたらしい。それだけでも感激。なのに、二人ともそれぞれ、わざわざあの曲を歌ってくれるっていうのが嬉しくてたまりません。


みんなに、あたしに、すごく会いたいと言ってくれる二人の声を聞いて泣きそうになったけど、でもHuánucoで元気にやってる事が解って本当に安心した。なんだかんだ言って、暴力とかドラッグとかの問題さえないなら、経済的にちょっと厳しくたって実のお母さんと暮らせるのが一番良いに決まってる。やっぱり、家族は一緒に暮らさないとって、ここに来て痛感したから。Hogarを出て行ったらどうなるんだろうって心配だったけれど、きっとあたしを安心させるためだけの嘘ではない明るい声で色んな事を話してくれた彼らを信じたい。

これまでちょっと照れてしまってなかなか言えなかった「les quiero mucho(二人が大好きだよ)」って、自然と言ってる自分が居ました。二人は「僕達の方がもっと好きだよ!」と言ってくれて、負けじと「あたしの方が好きだもん!」「僕達の方がもっと!」と、こどもみたいな言い合いをして、笑いながらお電話を切りました。スペイン語でお電話で話すのって、表情が見えないからすごい苦手意識があって極力避けていたんだけど、昨日は気が付けば30分も喋ってた。


Huánucoに行けないのは本当に残念だし軽い気持ちで約束しちゃったのが本当に申し訳ないけれど、1月の夏休みには、リマにやってくるらしい。絶対に二人に会いに行って、またお買い物に行って、ご飯食べて、いっぱいお喋りしよう。今から、妄想するだけで本当に楽しみです。

2009/09/05

200日

自分のブログを開いてびっくり。

帰国まで、残り200日じゃないですか。


いやーーー

びっくりです。

この数字は、さすがに衝撃的ですわ。


昨日はリマでコロッケとオムライスを作って

「日本食って良い~」なんて思っていたけれど

あと200日しかない状況で、日本を想うよりも

もっとココでやることあるだろう!って突っ込みたい。


日本が近いのは嬉しいけれど、それよりも

ペルーを離れるのって想像してた以上に辛そうだわ。


さ、ここらで気合入れなおして頑張りますか。

後悔はしたくないからね。

2009/09/03

言語能力

一昨日、Hogarに日本の大学生の皆さんが到着しました。ゼミの海外研修旅行だとかで、教授の方はもう4度目の来秘。今回は16人の学生さんを連れていらっしゃいました。

窓口になっている加藤神父には「色々ヨロシクね」と頼まれた事もあり、皆さんの到着時は色々と説明しました。が、初対面の日本人との会話ってもうトラウマかと思うくらい、日本語会話に緊張するあたし(笑)


そんな中、「どういう経緯でここに居るんですか」と聞かれ、「青年海外協力隊員として一年半前くらいから住んでる」って言ったら「え、日本人なんですか?!日系の方だと思いました…。」って…。

あー。久しぶりです、この反応(笑)でも、ちょっと前までは「日系人と思われる=スペイン語上達か?!」って喜びもしたんだけど、昨日ふと、これってもしかしてもしかすると「日本人と思われない=日本語が本気でヤバイ?!」って本気で心配です。


所詮あたしは、DELEの中級に落ちる程度のスペイン語能力しか未だにないので(笑)スペイン語がペラペラになって日本語忘れたなんてカッコいい事ではありません。使わなくなった英語をキレイさっぱり忘れてきているのと同じように、日本語の思考回路がちょっとずつ錆付いて来ているんだと思います。

確実に、スペイン語で考え事をする機会が増えている。
これはこれで、スペイン語上達の為には良い事なのかも知れないけれど、母国語ではない、いい加減なレベルの言語で思考すると言うのは、実は大した事を考えられていないって事でもある。これは、間違いない。

これ、実は深刻な問題です。
もしかして最近の自分、小中学生レベル?!なんて思ったりもして。スペイン語日記を書いて語学力アップを図ろう!なんて企んでいたけれどまず日本語で書いてからスペイン語に訳すようにした方が良いのかな…。

うーーーん。
結構、悩ましいです。

2009/09/01

DELE結果報告

5月にDELEを受験したと書きましたね。


恥ずかしながら、戒めのためにも、DELEの結果報告をさせて頂きます。
中級レベル(B2)を受けた結果は…3点足りずに「不合格」でした!

全部で5種類の試験で、それが3つの部門に分かれて、その3部門で全て70%を越えないと合格できないという仕組み。


あたしの内訳は、下記の通り。




◎第一部
読解 13.33/20点 (66%)
文章表現 11.75/15点 (78%)


「読解」が微妙だったけど、「文章表現(作文)」と合わせて72%。
この「文章表現」ではお手紙を書いたんだけれど、お手紙の書き出し方や日付の入れ方等、色々と決まり事があった事さえあたしは知りませんでした。対策用のテキストの後ろの方にきちんと書いてあった事は、試験が終わった直後に知ったんだよね…情けない。よくこれだけの点数取れたもんだ(笑)


◎第二部
文法・語彙 11.0 /20点 (55%)

酷い…。酷すぎます。
まぁ、お勉強しなかったから当然と言えば当然。テキストを全て解いておけば、こんな事にはならなかったはず。そう言えば、英語も喋ってたわりには文法テキトーだったし語彙も少なかったなぁ…いつまで経っても中途半端は嫌なので、スペイン語の語彙はどんどん増やします!


◎第三部
聞き取り 10.0 /15点 (66%)
口頭試験 26.0 /30点 (86%)


「聞き取り」が足りてないけれど、なぜか「口答試験」はかなり高得点?!
4コマの絵を見てストーリーを作るというのがあって、それを話したつもりなのに、その後に「もう一度やって」と言われたので完全に何か大失態をやらかしたと思っていたのですが…もう一つのテーマが良かったのか、こんなラッキーな結果でした。



そう言えばDELEの前日、Hogarを出て行ってHuanucoという場所にお母さんとお引越しして行ったDanielとお電話で色々話して、夜中にメールを貰いました。そこには、「セニョリータにはいつも感謝してるよ。僕たち兄弟にとって、まるで空から落ちてきた花みたいだ。」って書いてあったのです。

その言葉にかなり感動したあたしは、DELEの試験の作文のお題が「友人にとある頼みごとをする」という内容だったので、最後のDanielの書いてくれた事を、最後の最後にちょこっと付け足したんだよね。ふふふ。色んなミスをやらかしつつも78%取れたのは、きっとDanielのお陰でしょう♪



本当の事言うと、あれだけお勉強してなかったんだからもっと低い点数で落ちてると思ってました。が、結果を見ると、総合で3点足りないだけ…。悔しい反面、3点足りなかっただけだなんて上出来じゃーんって、心の中で思ってる自分が居ます。

受験直後は、中級なんてチャレンジせずに大人しく初級にしておけば良かったなと思ってはいたけど、この結果を見てこんな風に思える自分って、一体どれだけ前向きなのか、反省という言葉を知らないのか…(笑)


次回のDELEは11月。
受験費もあがっちゃったし…必ず合格してみせますっ!
最近は日記を書いて、ちゃんとスペイン語のお勉強してますから!!

愛着

こんなに沢山の鍵を、毎日持ち歩いてます。



Hogarの入り口の門、自分のお部屋、自分の寝室、自分の洗面所&シャワー、オフィス棟、オフィス、みんなのサロン、前に使ってた寝室、老人ホームのお部屋、そして元ホームステイ先のママがくれたもの。気が付けば10個。

入り口の門や老人ホームのお部屋の鍵は持っていて当然としても、自分のお部屋やオフィスなんかは、鍵をかけずに済むならかけたくないわけです。なぜなら、いちいち面倒だから。

でも、中にはいたずらっ子がいて、勝手に忍び込んで遊んじゃったり、気が付いたら何か足りなくなっていたりして悲しい思いをするのが嫌だから、仕方なく鍵を使うことにしたら…10個になっちゃいました。重いけど…仕方ない。これがHogarの現実です。


いっぱい鍵を持つのは嫌だったけど、不思議なものでこれだけの期間、毎日これを持っていると自然と愛着も湧くというもの。鍵がポケットでじゃらじゃらしてないとなんか落ち着かなかったりします。

ちなみにキーホルダーは、日本の職場の先輩がドイツ出張のお土産として買ってきていたもの。先輩の引き出しに入っているのを目ざとく見つけて、別にあたし用じゃなかったのに、無理言ってねだって貰ったもので、かなり愛用しています。


あーーー
これを持つのも、あと200日ちょい…。