ペルーに出張してきました。
ブラジル事務所の方が「一緒にどう?」と言って下さったので、当初の出張予定には無かったけれど、とんとん拍子で行かせて頂くことになりました。正直、こんなに嬉しいことはありません。リマの空港に降り立つ前のあの景色を見られるのも、リマに上陸できるのも、もっともっと先のことだと思ってました。
訪問先は、つっこみどころ満載で、今までにない新鮮な出張になりました。
連れて行かれた場所が、思い出がありすぎるエリアを何度も何度も通過したので、ホロっと涙がでてきて大変でした(笑)
Puente Piedraという郊外の町。この町からバスで10分くらいの場所の、もっと何もないエリアに住んでたのね。メーカーの工場がけっこうたくさんあるってこと、昔住んでた頃は知らなかった。でも、よく行ってたスーパーの近くにある工場を訪問したり、新しい発見がいっぱい。
サンパウロに帰って来る前、空港から近いHogarにも顔を出す事ができました。
もう、この景色に、ノックアウト。涙が止まりません。
6歳になったElías。ほんの少しだけど、他のこども達にも会えました。
パードレ加藤。お元気です。
滞在時にお世話になった方たちにも、駆け足で挨拶して。
とにかく慌ただしい出張だったけれど、フリーの時間を上手いこと使えて良かった。
好きで好きでたまらないペルー。
久しぶりにリマの空気を吸って、少し冷静になれました。
短いし、出張だったけど、行かせてもらえて良かった。感謝です。
他者のために、他者とともに。 Do not merely look out for your own personal interests, but also for the interests of others.
2011/11/20
2011/10/05
Danielと繋がった
急遽、ブラジルじゃなくてペルーのネタ。
ずっと連絡が取れなくて心配していたDanielと、たった今、Facebookで繋がりました。
Hogarを出て行った大きい少年達とは、基本的にメールかFacebookで連絡取り合える状態だったんだけど、唯一、Daniel兄弟だけはずっと連絡が取れなくて、出て行く時にあげた携帯電話も川で遊んでて落としてなくされたし、Gmailはパスワードを忘れたせいか送っても返信ないし。だから、複雑すぎるパスワード設定するなってあれだけ言ったのにねぇ…(笑)
施設を出てから地方に行っちゃったし、百歩譲ってお母さんと一緒に住めるようになったからそれなりに安心して、もう連絡とるのは諦めかけてたんだけど、今日、やっと、繋がった。
たまらなく嬉しい。
すっごい手を焼いたけど、いつも助けてくれた子だから。
今は、リマに来て働いているみたい。
ペルーに会いに行ったら、きっとまた会えるね。
一緒にご飯食べて、また、スニーカー買いに行けるんだ。
嬉しい。
本当に嬉しくて、ただでさえ時差ぼけで眠れないのに、今夜は本当に眠れないかも知れない…。
頑張ってると、いいことあるね。
agradezco por todo.
ずっと連絡が取れなくて心配していたDanielと、たった今、Facebookで繋がりました。
Hogarを出て行った大きい少年達とは、基本的にメールかFacebookで連絡取り合える状態だったんだけど、唯一、Daniel兄弟だけはずっと連絡が取れなくて、出て行く時にあげた携帯電話も川で遊んでて落としてなくされたし、Gmailはパスワードを忘れたせいか送っても返信ないし。だから、複雑すぎるパスワード設定するなってあれだけ言ったのにねぇ…(笑)
施設を出てから地方に行っちゃったし、百歩譲ってお母さんと一緒に住めるようになったからそれなりに安心して、もう連絡とるのは諦めかけてたんだけど、今日、やっと、繋がった。
たまらなく嬉しい。
すっごい手を焼いたけど、いつも助けてくれた子だから。
今は、リマに来て働いているみたい。
ペルーに会いに行ったら、きっとまた会えるね。
一緒にご飯食べて、また、スニーカー買いに行けるんだ。
嬉しい。
本当に嬉しくて、ただでさえ時差ぼけで眠れないのに、今夜は本当に眠れないかも知れない…。
頑張ってると、いいことあるね。
agradezco por todo.
2011/07/11
1991年7月12日
20年前の今日、ペルーでとても悲しい事件がありました。
首都リマから北西に約60kmに位置するワラルという場所に、JICAが技術協力を行っていた「野菜生産技術センター」があります。このセンターは、日本政府の無償資金協力によって建設された施設で、地域によって気候が大幅に異なるけれど、育てやすい野菜の種を開発し、ペルーの農業の発展につなげようという思いも込められていたようです。
しかし、だいぶ下火になってきたとは言え、当時はテロリストの活動がまだまだ活発だった時期でした。1991年の7月12日、そこに赴任されていたJICAの方3名が、テロ組織であるセンデロ・ルミノソによる射殺事件の犠牲となり、尊い命を奪われました。
この悲しい事件を機に、専門家はもちろん、当時数十名もいた青年海外協力隊員も、ペルーから引き上げることになりました。きっと、断腸の思いでの撤退だったと思います。
そして、治安が落ち着き始めたかと思われた5年後の96年、今度は同じくテロ組織による日本大使公邸の占拠事件がおこり、協力隊派遣は保留のままとなったのです。
事件から10数年もの時が経ち、治安が落ち着き始め、ペルーと日本の友好関係が深まりをみせた頃、協力隊派遣再会を期待する声がようやく高まってきたとのこと。当時の関係者によると、「そうでなければ亡くなった三人が浮かばれない」との声もあったようです。
私が長期の協力隊員として派遣されたのが、2008年3月。
実に17年ぶりの派遣でした。
ペルーに着任した初日、Mirafloresにあった当時のJICAペルー事務所を訪れた際、セキュリティの厳しさに驚いたことは今でも忘れません。鉄格子、監視カメラ、いくつものドア。そして、事務所の中に掲げられた、亡くなられた3名の遺影。
そのお写真を見る度に、彼らのプロジェクトに対する思い、活躍を期待しつつも、元気に帰ってきて欲しいと帰国を待たれていたご家族の思い、そして、自分がペルーで活動させて貰える有難さを感じては、胸が苦しくなりました。
更に、ペルーJICA事務所や、日本政府に迷惑をかけるような、問題を起こすような行動は絶対にとってはいけないと、どこかで思うようにもなりました。(だから、やんちゃな事をしないで無事に帰ってこられたのかも知れません…。)
一方で、自分の活動先であるHogar Emmanuel。
私が赴任した時は、家庭環境に問題があるために家族と一緒に暮らせないこども達が生活するというケースが一般的になってはいたけど、設立当初の目的は、今とは少し違いました。
加藤神父がHogarを創られたのは、1982年。当時のペルーの経済状況は深刻で、今よりも貧困に苦しむ人は多かった時期です。そして、テロ活動も盛んだった事もあり、お金に困った人たちの中には、自分のこどもを置いて、テロ組織に加わる事も多かったとか。
つまり、そういった活動に参加したが為に両親に先立たれたこども達を保護して、温かい食事とベッド、そして教育を与えようというのが、加藤神父のHogar設立の思いだったのです。
社会問題の犠牲になった、JICAの方々。そして、Hogarのこども達。
もう二度とこんな悲しい事件が起こりませんようにと、願って止みません。
2008年、私の赴任時は、協力隊員は私1人、そして、シニアボランティアの方が2名でした。成田空港を一緒に出発した同期隊員達はみんな大所帯なのに、NYで乗り換える時、すごく心細くなったことを今でも思い出します(笑)。
でも今は、ペルーで活動中の協力隊員はやっと10名を超え、シニアの方も、4名ほどいらっしゃるとか。本当に嬉しい限り。協力隊の指名は、成果をあげること、貢献すること、色々あるとは思うけれど、やっぱり一番大切なのは、「繋いでいくこと」だと思います。
これからもずっとずっと、ペルーへの青年海外協力隊派遣が続いていくことを願います。
首都リマから北西に約60kmに位置するワラルという場所に、JICAが技術協力を行っていた「野菜生産技術センター」があります。このセンターは、日本政府の無償資金協力によって建設された施設で、地域によって気候が大幅に異なるけれど、育てやすい野菜の種を開発し、ペルーの農業の発展につなげようという思いも込められていたようです。
しかし、だいぶ下火になってきたとは言え、当時はテロリストの活動がまだまだ活発だった時期でした。1991年の7月12日、そこに赴任されていたJICAの方3名が、テロ組織であるセンデロ・ルミノソによる射殺事件の犠牲となり、尊い命を奪われました。
この悲しい事件を機に、専門家はもちろん、当時数十名もいた青年海外協力隊員も、ペルーから引き上げることになりました。きっと、断腸の思いでの撤退だったと思います。
そして、治安が落ち着き始めたかと思われた5年後の96年、今度は同じくテロ組織による日本大使公邸の占拠事件がおこり、協力隊派遣は保留のままとなったのです。
事件から10数年もの時が経ち、治安が落ち着き始め、ペルーと日本の友好関係が深まりをみせた頃、協力隊派遣再会を期待する声がようやく高まってきたとのこと。当時の関係者によると、「そうでなければ亡くなった三人が浮かばれない」との声もあったようです。
私が長期の協力隊員として派遣されたのが、2008年3月。
実に17年ぶりの派遣でした。
ペルーに着任した初日、Mirafloresにあった当時のJICAペルー事務所を訪れた際、セキュリティの厳しさに驚いたことは今でも忘れません。鉄格子、監視カメラ、いくつものドア。そして、事務所の中に掲げられた、亡くなられた3名の遺影。
そのお写真を見る度に、彼らのプロジェクトに対する思い、活躍を期待しつつも、元気に帰ってきて欲しいと帰国を待たれていたご家族の思い、そして、自分がペルーで活動させて貰える有難さを感じては、胸が苦しくなりました。
更に、ペルーJICA事務所や、日本政府に迷惑をかけるような、問題を起こすような行動は絶対にとってはいけないと、どこかで思うようにもなりました。(だから、やんちゃな事をしないで無事に帰ってこられたのかも知れません…。)
一方で、自分の活動先であるHogar Emmanuel。
私が赴任した時は、家庭環境に問題があるために家族と一緒に暮らせないこども達が生活するというケースが一般的になってはいたけど、設立当初の目的は、今とは少し違いました。
加藤神父がHogarを創られたのは、1982年。当時のペルーの経済状況は深刻で、今よりも貧困に苦しむ人は多かった時期です。そして、テロ活動も盛んだった事もあり、お金に困った人たちの中には、自分のこどもを置いて、テロ組織に加わる事も多かったとか。
つまり、そういった活動に参加したが為に両親に先立たれたこども達を保護して、温かい食事とベッド、そして教育を与えようというのが、加藤神父のHogar設立の思いだったのです。
社会問題の犠牲になった、JICAの方々。そして、Hogarのこども達。
もう二度とこんな悲しい事件が起こりませんようにと、願って止みません。
2008年、私の赴任時は、協力隊員は私1人、そして、シニアボランティアの方が2名でした。成田空港を一緒に出発した同期隊員達はみんな大所帯なのに、NYで乗り換える時、すごく心細くなったことを今でも思い出します(笑)。
でも今は、ペルーで活動中の協力隊員はやっと10名を超え、シニアの方も、4名ほどいらっしゃるとか。本当に嬉しい限り。協力隊の指名は、成果をあげること、貢献すること、色々あるとは思うけれど、やっぱり一番大切なのは、「繋いでいくこと」だと思います。
これからもずっとずっと、ペルーへの青年海外協力隊派遣が続いていくことを願います。
2011/04/17
壁
例え人種や国籍が違っても、言葉が通じなくても、
気持ちがあれば心は通じるなんて言ったりするけど、本当にそうでしょうか。
生まれてから育ってきた「環境」、その中である程度固まった「価値観」、
そして、人間の思想を支配する「言語」が違っても、心があれば理解し合えるのでしょうか。
相手がこどもなら、それも可能かも知れない。
幸いにも、ペルーのHogarの愛するこどもたちは心も頭も柔軟だったし、
それに2年間も一緒に住んで毎日嫌でも(?)顔を合わせるんだから
本当に通じ合えたなと思える子は、何人かいる。
難しいだろうなと思っていた15歳以上のこども達の方が、
会話の幅も広いせいか、最終的には本当に家族と思える(思ってる)ほど
あたしの考え方も理解してくれたし、あたしもしたと信じてる。
だけど、一緒に住みもせず、色んな意味での距離があったら、どうなんだろうと最近思う。
どうしても伝えたいことがあるから、言葉の壁を乗り越えて伝えようとする。
環境も価値観も、発想の根本的なところが違うってことも痛いほど解ってるから、
だからこそ言葉を砕いて砕いて、説明しても、それでも通じない時がある。
解ってもらえないし、解らせてあげることもできない。
これは、努力が足りないのでしょうか。
それとも、気持ちが足りないのでしょうか。
胸を張って「頑張ってきました」って言えるくらい頑張ってるんですけど…。
例えば日本から見たら、欧州や北米なんて文化も言葉も全然違うけど、
やっぱり同じように戦争と発展の歴史があって、生活環境はまぁ似てる。
そうなると、価値観だって、なんとなく通じるものがあるよね。
日本から見たアジアは、もちろん色んな国があるけれど、
経済格差や宗教の違いはあるにせよ距離も近くて人の行き来も多いし
なんとなく身近なアジア人同士、やっぱり通じるものがあるよね。
もちろん、あくまでも個人的な経験に基づくただの私見ですけどね。
でも、地球の裏側って、色んな意味で遠い。
環境は違いすぎるし、価値観も、言葉も違う。
もちろん、だからこそ面白いし、そこが大好きなんだけどね!
だけど…日本人が人間関係で重んじるべきことが、彼らにはどうでも良かったり、
彼らがすごく大事にする言葉や行為が、日本人には理解できなかったりする。
これが、すっごい大きな壁になる。
自分なりの思想やら確固たる持論が芽生える前の青少年が相手なら
そこまで苦労はしないのだけれど、大人が相手だと、この上なく難しい。
どうやらこれは、永遠の課題です。
そして、課題は、解くために課される問題です。
もちろん、解決と改善への期待とともに。
決して悲観的な気持ちで、諦めの気持ちで書いているのではありませんのでご心配なく。
気持ちがあれば心は通じるなんて言ったりするけど、本当にそうでしょうか。
生まれてから育ってきた「環境」、その中である程度固まった「価値観」、
そして、人間の思想を支配する「言語」が違っても、心があれば理解し合えるのでしょうか。
相手がこどもなら、それも可能かも知れない。
幸いにも、ペルーのHogarの愛するこどもたちは心も頭も柔軟だったし、
それに2年間も一緒に住んで毎日嫌でも(?)顔を合わせるんだから
本当に通じ合えたなと思える子は、何人かいる。
難しいだろうなと思っていた15歳以上のこども達の方が、
会話の幅も広いせいか、最終的には本当に家族と思える(思ってる)ほど
あたしの考え方も理解してくれたし、あたしもしたと信じてる。
だけど、一緒に住みもせず、色んな意味での距離があったら、どうなんだろうと最近思う。
どうしても伝えたいことがあるから、言葉の壁を乗り越えて伝えようとする。
環境も価値観も、発想の根本的なところが違うってことも痛いほど解ってるから、
だからこそ言葉を砕いて砕いて、説明しても、それでも通じない時がある。
解ってもらえないし、解らせてあげることもできない。
これは、努力が足りないのでしょうか。
それとも、気持ちが足りないのでしょうか。
胸を張って「頑張ってきました」って言えるくらい頑張ってるんですけど…。
例えば日本から見たら、欧州や北米なんて文化も言葉も全然違うけど、
やっぱり同じように戦争と発展の歴史があって、生活環境はまぁ似てる。
そうなると、価値観だって、なんとなく通じるものがあるよね。
日本から見たアジアは、もちろん色んな国があるけれど、
経済格差や宗教の違いはあるにせよ距離も近くて人の行き来も多いし
なんとなく身近なアジア人同士、やっぱり通じるものがあるよね。
もちろん、あくまでも個人的な経験に基づくただの私見ですけどね。
でも、地球の裏側って、色んな意味で遠い。
環境は違いすぎるし、価値観も、言葉も違う。
もちろん、だからこそ面白いし、そこが大好きなんだけどね!
だけど…日本人が人間関係で重んじるべきことが、彼らにはどうでも良かったり、
彼らがすごく大事にする言葉や行為が、日本人には理解できなかったりする。
これが、すっごい大きな壁になる。
自分なりの思想やら確固たる持論が芽生える前の青少年が相手なら
そこまで苦労はしないのだけれど、大人が相手だと、この上なく難しい。
どうやらこれは、永遠の課題です。
そして、課題は、解くために課される問題です。
もちろん、解決と改善への期待とともに。
決して悲観的な気持ちで、諦めの気持ちで書いているのではありませんのでご心配なく。
2010/11/11
8ヶ月
ご無沙汰しまくりです。
皆さま、お元気でしょうか。
まったく更新しないまま11月も中旬に差し掛かろうとしていますが、
こんな放置ブログを飽きもせずに覗いてくれている人がいるってこと、ちゃんと知ってます。本当に嬉しい限りです。どうもありがとう。
日本に戻って、8ヶ月目。
すっかり日本人になりました。
最初の数ヶ月間はどうなることやらと思ったものの、
8月くらいからちゃんと会社に通えるようになって
お仕事もすごく楽しくなってきて、毎日元気に過ごしています。
あれもやりたい、これもやりたい…。
純粋にそう思えるから、疲れ果てても心は元気♪
11月1日の早朝、展示会に向かう前に、
愛するこども達とSkypeでお喋りしました。
帰国して数ヵ月後にSkypeした時は、
妹分のMarilinにはあたしを見た瞬間に大泣きされてしまったし、
そのしばらく後にお電話した時には、数人の女の子に電話越しに
泣かれてしまったし…大丈夫かなと思ってました。
でも、1日は、Skypeして、あたしが先に泣いちゃった。
30分くらいみんなとお喋りして、しみじみ、
嬉しいのと寂しいのと、みんなの笑顔が見れて嬉しいので
うっかり泣きだしてしまいました。展示会行く前なのに…。
そしたら、誰が言い出したのか解らないけれど、
みんなが「世界に一つだけの花」を日本語で歌ってくれて、
おバカなあたしはさらに号泣(笑)
たぶんErickあたりが歌い始めてくれたんだろうね。
相変わらず、愛するこども達とは繋がっています。
距離はあるけど、この気持ちはいつまでも繋がってる。
そんな自信が、あります。
だから、毎日幸せだよ。
Hogarのみんなも、幸せでいてくれますように☆
皆さま、お元気でしょうか。
まったく更新しないまま11月も中旬に差し掛かろうとしていますが、
こんな放置ブログを飽きもせずに覗いてくれている人がいるってこと、ちゃんと知ってます。本当に嬉しい限りです。どうもありがとう。
日本に戻って、8ヶ月目。
すっかり日本人になりました。
最初の数ヶ月間はどうなることやらと思ったものの、
8月くらいからちゃんと会社に通えるようになって
お仕事もすごく楽しくなってきて、毎日元気に過ごしています。
あれもやりたい、これもやりたい…。
純粋にそう思えるから、疲れ果てても心は元気♪
11月1日の早朝、展示会に向かう前に、
愛するこども達とSkypeでお喋りしました。
帰国して数ヵ月後にSkypeした時は、
妹分のMarilinにはあたしを見た瞬間に大泣きされてしまったし、
そのしばらく後にお電話した時には、数人の女の子に電話越しに
泣かれてしまったし…大丈夫かなと思ってました。
でも、1日は、Skypeして、あたしが先に泣いちゃった。
30分くらいみんなとお喋りして、しみじみ、
嬉しいのと寂しいのと、みんなの笑顔が見れて嬉しいので
うっかり泣きだしてしまいました。展示会行く前なのに…。
そしたら、誰が言い出したのか解らないけれど、
みんなが「世界に一つだけの花」を日本語で歌ってくれて、
おバカなあたしはさらに号泣(笑)
たぶんErickあたりが歌い始めてくれたんだろうね。
相変わらず、愛するこども達とは繋がっています。
距離はあるけど、この気持ちはいつまでも繋がってる。
そんな自信が、あります。
だから、毎日幸せだよ。
Hogarのみんなも、幸せでいてくれますように☆
2010/10/07
グローバルフェスタ@日比谷公園
約8年ぶりに、日比谷公園のグローバルフェスタに行ってきました。
大学生の頃はWFP(国連世界食糧計画)のボランティアをしていた関係でブースのお手伝いをしていたけれど、今回は「ペルーOV有志の会」として参加!学生の頃は、大学卒業とともにこのイベントからも卒業かと思っていましたが・・・これから毎年、ペルー隊員OVとして参加することになるのでしょう♪
「ペルーOV有志の会」の大先輩にお声がけ頂いて、今回は活動報告のパネルを作ることに。隊員がまだまだ少ないペルーですから、自分一人の報告じゃあまりにも寂しいと思って、現役&OV(Old Volunteerのことね)にも任意で情報提供をお願いしてみました。
全員とはいかないけれど、現地で頑張っている現役隊員数名と、短期で活動していたOVからの協力もあって、なんとか7人分のパネルを作成。職場の上司にお願いして、会社のPCを使わせてもらって、ギリギリ滑り込みセーフな感じで作ったんだけどね(笑)
ブースを訪れた人たちの中にはこのパネルを一生懸命読んで下さる人がいました!ただ単にペルーに興味があるとか、青年海外協力隊に興味があるとか、知り合いが協力隊に応募するらしくて気になるとか、ホントに色々。
中には、パネルを読みながらすごくマニアックなペルー話をされているご夫妻がいらっしゃって、只者じゃないと思って話しかけてみると、なんと30年くらい前にはお二人ともペルー隊員だったそうな!旦那様は地方、奥様はリマ隊員。
良いですねぇ・・・。任国マジックかな?駒ヶ根マジック?いやいや、帰国後マジック?さすがにそこまでは伺いませんでしたが(笑)、30年経った今でもこうやってこういうイベントに来られるって素敵だなと思いました。
ブースでは、学生時代の後輩ちゃんの力を借りて、ペルーのフェアトレードコーヒーの販売も行いました!帰国して再会した彼女との会話の中で、偶然にもペルーのフェアトレードコーヒーを扱われている方と知り合いだと言うことを聞いていて、グローバルフェスタの準備を始めてからふと思い出してお願いしてみたら、ものすごい協力をしてくれました♪
あたしはブースでペルーについて聞きたいとか、協力隊制度について知りたいと言ってくれる人たちの相手でてんてこ舞い(?)だったけど、ちゃきちゃきとコーヒーの宣伝をして売り歩いてくれる彼女はとっても逞しかった!手伝ってくれて本当にありがとう!!!
虎ノ門にある有名な珈琲屋さんでも扱われているというこのコーヒー。今回はこのイベントのため、前日に焙煎して下さったそうで香りがめちゃくちゃ良い!酸味が少なくて、かなり好みの味。今度はぜひお店にお邪魔してみたいものです☆
OV大先輩は、ペルーの楽器や衣装をたっくさん持って来て下さいました♪
サンポーニャもケーナも、ブースに居るあたし達は殆ど吹けないんだけど、ブースの前を通る人たちには大人気。そしてカラフルなポンチョはこども連れのお父さんお母さんにも好評でした。アンデスのポンチョもチューヨも、日本人にとってもよく似合う!そしてあたしは小さいこども達を見ると、Eliasをはじめ、Hogarのみんなをついつい思い出してしまうのでした・・・♥
そしてやっぱり個人的に一番嬉しいのは、「協力隊に、青少年活動で応募したい!」と言って色々と相談してもらえること。中には関西から、このイベントのために東京に来たという子までいて、感動してしまいました☆
自分がペルーでの2年間を通して悲しいことも辛いことも嬉しいことも楽しいこともふんだんに経験できたから、協力隊に興味があると言われると、ついつい薦めたくなってしまう。でも、良いと思うか否かは人それぞれだから、なるべくニュートラルなことを言うようにしてるんだけどね。
そんな葛藤の中、色々と相談してもらえるとやっぱり嬉しくて、相手はそこまで期待してないだろうけど、ついつい、おせっかい妬きたくなってしまうのですけど・・・(笑)
そして、協力隊関係者との再会。
ブルキナファソ、ケニア、ホンジュラス、エルサルバドル、パラグアイ、コスタリカの隊員たちと再会♪帰国して広尾で会った以来の人も居たけど、協力隊OVってなんでこんなに一緒に居るだけで楽しいうえに居心地が良いんだろうと、当たり前だけど毎度のことながら感じてしまいました。
日々の生活の中で、協力隊員たちとの交流を欲しているわけではないけれど、会ったら会ったで、なんだか救われる気になる。こういう時間と空間が自分には必要だったなぁって、思ってしまうのですね。多くの隊員OVがそうだと思うんだけどね・・・◎
そうそう。日曜日には、サルサのお友達も遊びに来てくれました。
「こんなに沢山の日本人が国際協力のために動いている。静かな感動。」というコメントまで。そうなんだよね。久しぶりにこのイベントに参加して、自分は他のブースなんて殆ど見られなかったんだけど、すっごい団体数、すっごい人数が居て、本当に面白い。
さらにここ数年は、このイベント、一般の民間企業も出展しているとか。
本当はそれこそ見に行きたかったんだけど、本当に時間なくてどこも見れなかったのが残念!いつか、何年後かわからないけど、あたしの働く会社の姿勢も、少しずつこういう方向に目が向いてくれたら良いなと、そのために自分に何ができるかなと、考えさせられもしました。学生時代にこのイベントに来ていた頃は、民間企業の参加なんて基本的には無かったような気がするなぁ・・・。
学生時代は、国際関係を専攻して、国連機関やNGOや外務省でのボランティアをしてるからこのイベントに参加していると思ってた。けど、会社を休業させてもらってペルーに行って、帰国してからもまたこのイベントに関わることになるとは。三つ子の魂百までじゃないけど、「国際協力」はやっぱりあたしの人生とは切り離せないものだと思うし、どこに居ても、どこの所属しても、本人が望めばどんな形であろうと国際協力は出来るんだよね。そんな事をあらためて感じた週末でした。
思った以上に良いお天気で、日差しに怯えながら(すっかり日本人?!)二日間、みんなで楽しく頑張りました♪
手伝ってくれたみんな、遊びに来てくれたみんな、どうもありがとう!!!
また来年も日比谷で会いましょう~♪
大学生の頃はWFP(国連世界食糧計画)のボランティアをしていた関係でブースのお手伝いをしていたけれど、今回は「ペルーOV有志の会」として参加!学生の頃は、大学卒業とともにこのイベントからも卒業かと思っていましたが・・・これから毎年、ペルー隊員OVとして参加することになるのでしょう♪
「ペルーOV有志の会」の大先輩にお声がけ頂いて、今回は活動報告のパネルを作ることに。隊員がまだまだ少ないペルーですから、自分一人の報告じゃあまりにも寂しいと思って、現役&OV(Old Volunteerのことね)にも任意で情報提供をお願いしてみました。
全員とはいかないけれど、現地で頑張っている現役隊員数名と、短期で活動していたOVからの協力もあって、なんとか7人分のパネルを作成。職場の上司にお願いして、会社のPCを使わせてもらって、ギリギリ滑り込みセーフな感じで作ったんだけどね(笑)
ブースを訪れた人たちの中にはこのパネルを一生懸命読んで下さる人がいました!ただ単にペルーに興味があるとか、青年海外協力隊に興味があるとか、知り合いが協力隊に応募するらしくて気になるとか、ホントに色々。
中には、パネルを読みながらすごくマニアックなペルー話をされているご夫妻がいらっしゃって、只者じゃないと思って話しかけてみると、なんと30年くらい前にはお二人ともペルー隊員だったそうな!旦那様は地方、奥様はリマ隊員。
良いですねぇ・・・。任国マジックかな?駒ヶ根マジック?いやいや、帰国後マジック?さすがにそこまでは伺いませんでしたが(笑)、30年経った今でもこうやってこういうイベントに来られるって素敵だなと思いました。
ブースでは、学生時代の後輩ちゃんの力を借りて、ペルーのフェアトレードコーヒーの販売も行いました!帰国して再会した彼女との会話の中で、偶然にもペルーのフェアトレードコーヒーを扱われている方と知り合いだと言うことを聞いていて、グローバルフェスタの準備を始めてからふと思い出してお願いしてみたら、ものすごい協力をしてくれました♪
あたしはブースでペルーについて聞きたいとか、協力隊制度について知りたいと言ってくれる人たちの相手でてんてこ舞い(?)だったけど、ちゃきちゃきとコーヒーの宣伝をして売り歩いてくれる彼女はとっても逞しかった!手伝ってくれて本当にありがとう!!!
虎ノ門にある有名な珈琲屋さんでも扱われているというこのコーヒー。今回はこのイベントのため、前日に焙煎して下さったそうで香りがめちゃくちゃ良い!酸味が少なくて、かなり好みの味。今度はぜひお店にお邪魔してみたいものです☆
OV大先輩は、ペルーの楽器や衣装をたっくさん持って来て下さいました♪
サンポーニャもケーナも、ブースに居るあたし達は殆ど吹けないんだけど、ブースの前を通る人たちには大人気。そしてカラフルなポンチョはこども連れのお父さんお母さんにも好評でした。アンデスのポンチョもチューヨも、日本人にとってもよく似合う!そしてあたしは小さいこども達を見ると、Eliasをはじめ、Hogarのみんなをついつい思い出してしまうのでした・・・♥
そしてやっぱり個人的に一番嬉しいのは、「協力隊に、青少年活動で応募したい!」と言って色々と相談してもらえること。中には関西から、このイベントのために東京に来たという子までいて、感動してしまいました☆
自分がペルーでの2年間を通して悲しいことも辛いことも嬉しいことも楽しいこともふんだんに経験できたから、協力隊に興味があると言われると、ついつい薦めたくなってしまう。でも、良いと思うか否かは人それぞれだから、なるべくニュートラルなことを言うようにしてるんだけどね。
そんな葛藤の中、色々と相談してもらえるとやっぱり嬉しくて、相手はそこまで期待してないだろうけど、ついつい、おせっかい妬きたくなってしまうのですけど・・・(笑)
そして、協力隊関係者との再会。
ブルキナファソ、ケニア、ホンジュラス、エルサルバドル、パラグアイ、コスタリカの隊員たちと再会♪帰国して広尾で会った以来の人も居たけど、協力隊OVってなんでこんなに一緒に居るだけで楽しいうえに居心地が良いんだろうと、当たり前だけど毎度のことながら感じてしまいました。
日々の生活の中で、協力隊員たちとの交流を欲しているわけではないけれど、会ったら会ったで、なんだか救われる気になる。こういう時間と空間が自分には必要だったなぁって、思ってしまうのですね。多くの隊員OVがそうだと思うんだけどね・・・◎
そうそう。日曜日には、サルサのお友達も遊びに来てくれました。
「こんなに沢山の日本人が国際協力のために動いている。静かな感動。」というコメントまで。そうなんだよね。久しぶりにこのイベントに参加して、自分は他のブースなんて殆ど見られなかったんだけど、すっごい団体数、すっごい人数が居て、本当に面白い。
さらにここ数年は、このイベント、一般の民間企業も出展しているとか。
本当はそれこそ見に行きたかったんだけど、本当に時間なくてどこも見れなかったのが残念!いつか、何年後かわからないけど、あたしの働く会社の姿勢も、少しずつこういう方向に目が向いてくれたら良いなと、そのために自分に何ができるかなと、考えさせられもしました。学生時代にこのイベントに来ていた頃は、民間企業の参加なんて基本的には無かったような気がするなぁ・・・。
学生時代は、国際関係を専攻して、国連機関やNGOや外務省でのボランティアをしてるからこのイベントに参加していると思ってた。けど、会社を休業させてもらってペルーに行って、帰国してからもまたこのイベントに関わることになるとは。三つ子の魂百までじゃないけど、「国際協力」はやっぱりあたしの人生とは切り離せないものだと思うし、どこに居ても、どこの所属しても、本人が望めばどんな形であろうと国際協力は出来るんだよね。そんな事をあらためて感じた週末でした。
思った以上に良いお天気で、日差しに怯えながら(すっかり日本人?!)二日間、みんなで楽しく頑張りました♪
手伝ってくれたみんな、遊びに来てくれたみんな、どうもありがとう!!!
また来年も日比谷で会いましょう~♪
2010/09/16
過去は過去!
素晴らしい時間と経験と愛情をこれでもか!ってくれた
あの愛しいペルーのこども達に何かをしたくて、
したくてしたくてしたくてしたくて、とにかく何かをしたくて、
帰国する前から今まで何が出来るか色々考えてました。
ペルーで何かをするのが一番だと思っていたけど、
いやいや、ここでも出来ることあるかも知れない。
難しいことは間違いないけど、可能性はゼロじゃない。
そんなことを思った。
やっと、目が覚めた。
ペルーのあの過酷な環境で2年間頑張った自分はかわいい。
もっと出来たこともある。でも、良くやったとか思っちゃう。
自ら虎穴に入ってボロボロになって、だからこそ虎の子たちの愛情も信頼も得た。
自分だから出来たとか、自負してる。調子に乗ってる。
だけど、過去は過去!
もう協力隊員じゃないんだから、
この立場で、あたしだから出来ることがあるよ。
今はこの場所で。
あの愛しいペルーのこども達に何かをしたくて、
したくてしたくてしたくてしたくて、とにかく何かをしたくて、
帰国する前から今まで何が出来るか色々考えてました。
ペルーで何かをするのが一番だと思っていたけど、
いやいや、ここでも出来ることあるかも知れない。
難しいことは間違いないけど、可能性はゼロじゃない。
そんなことを思った。
やっと、目が覚めた。
ペルーのあの過酷な環境で2年間頑張った自分はかわいい。
もっと出来たこともある。でも、良くやったとか思っちゃう。
自ら虎穴に入ってボロボロになって、だからこそ虎の子たちの愛情も信頼も得た。
自分だから出来たとか、自負してる。調子に乗ってる。
だけど、過去は過去!
もう協力隊員じゃないんだから、
この立場で、あたしだから出来ることがあるよ。
今はこの場所で。
2010/08/22
ラテンアメリカのこども達と。
先週の土曜日、横浜の桜木町にある
「みなとみらい21クリーンセンター」に行ってきました。
毎週土曜日に開催される「ラテンアメリカ青少年の会」に参加するためです。
母国語であるスペイン語を忘れないようにと、毎週土曜日の14時~17時、日本在住のラテンアメリカのこども達とそのお母さん、そしてボランティアの方々が集まります。
元ペルー隊員OVの方と、あたしが帰国してから通っているスペイン語学校のペルー人の先生が、偶然にもこの会の発足に関わっていて、今年でもう10年目になるとのこと。帰国してからと言うもの毎週土曜日は何かしら忙しかったけど、やっと時間が出来たので遊びに行くことにしました。
ペルー隊員OVにとんかつの美味しいランチをご馳走になってから、「みなとみらい21クリーンセンター」に到着。ラティーノと言っても日本での生活が長いんだろうから、実際のところどんな感じなのか全く想像も出来ずに、とりあえず案内されるままについて行きました。
行ってみたら、既に数人のこども達が遊んでました。
だいたい、小学校低学年から中学生まで。
これ、どこかで聞いたことある、ちょっと懐かしい年齢層。
そうです。まるで、Hogarに戻ったかのような感覚。
この日は、ボリビア、コロンビア、ペルーのこども達が10人くらい集まってました。

すぐには懐いてくれないのかなと思いきや、意外にもすぐに馴染みました。
こども達とすぐに仲良くなれる。これは自分の数少ない才能と言わせてもらっても良いかも知れません(笑)
基本的には「母語教室」として運営されているらしいんだけれど、
今回は夏休みも終わりに近づいていることもあり、夏休みの宿題を手伝います。

あさがおの観察日記、絵日記、お手伝いカレンダー、読書感想文の主旨が解らないというペルー人のお母さん(猛烈に美人だった!)と小学校1年生の女の子。3人で、頑張って内容を考えました。一生懸命ひらがなを書く彼女は、とっても可愛らしかったです。
夏休みの宿題は全部終わったというボリビア人の小学校5年生の彼女と、算数のドリルをやりました。

3桁の掛け算なんだけど、ちょっとミスが多い。そして、集中力がない(笑)
でも、Hogarのこども達に比べるとやっぱり飲み込みは早いし理解度も高いので、正直言ってぜんっぜん、楽でした。
ペルーに居た頃はほぼ毎日、お昼ごはんを食べた後はみんなで宿題タイム。
幼稚園から小6のこども達の宿題を、至る所で勃発する喧嘩やふざけ合いを制しながら毎日見てました。夜は夜で、教えてもすぐに忘れちゃう中学生達に数学と英語を教えてました。
もちろん集中力や理解力が足りないのは別に彼らの責任だけではないんだけれど、打っても響きにくいという状況で何かを教えるというのは、どれだけ気力があっても足りないくらいに空しく、想像を絶する忍耐力が必要なことなのです・・・。
なんて事を書き出すと脱線しそうだけれど、まぁそんな悔しさを経験した後ということもあって、ヤル気があるかどうかは別として、飲み込みの早いこども達にこうやって教えるというのは、ちょっと新鮮でもありました。この日、会の主催者でもあるスペイン語の先生には「疲れたでしょう?大丈夫?」と何度も何度も聞かれたけれど、あたしは疲れるどころか、もの凄く嬉しかった。あと3人くらいいけますよ!ってな勢いで(笑)
そして何より、こども達と触れ合えたことが幸せでしょうがなかった。
日本に帰ってきた隊員達は、たぶん、自分が派遣されていた国の言語を使う機会が欲しいんだと思う。もちろん、それは、あたしも同じ。でも、こども達とこうやって触れ合って、わいわいがやがや冗談を言い合いながらお勉強をする。こういう時間が、ずっと恋しかったんだなって実感しました。場所もこども達も全然違うけど、ペルーのHogarで毎日感じていた、なんでもない幸せな感覚が蘇りました。
この会は17時までなんだけれど、終わりに近づいた頃、コロンビアの中学生の女の子が泣き出してしまいました。ペルー人の先生が、スペイン語のお勉強をしなさいと、文法のプリントを取り出した途端の出来事でした。
14歳で、日本語ペラペラ。スペイン語も聞いたらだいたい解るけど、例えば1月~12月という単語をスペイン語で言えなかったり、読み書きが殆ど出来ないという状態。お母さんがスペイン語で話すと、日本語で応える。家庭でも、ずっとそうやって会話してきたのでしょう。日本語や英語のお勉強は大好きなのに、苦手なスペイン語をお勉強しなさいと言われると、拒否反応が出てしまうのでしょうか。
あたしも小学校3年生まで西ドイツに住んでました。日本とドイツを行ったり来たりだったので、ドイツ語も適当、日本語も適当。あたしの言語能力は酷いものでした。今だって、そのコンプレックスは心の奥底に燻っています(その頃のせいにするわけじゃないけれど。笑)。
だからこそ、14歳の彼女が、今のうちにスペイン語をきっちりお勉強しておかないと後になって困るっていうのが、痛いほど解ってしまう。彼女にそういう話をしたら、やっとちょっとだけ納得してくれたみたいで、これからは日本人のあたしと一緒にスペイン語のお勉強を進めていくという、なんとも不思議な話になりました♪
日本語がまだまだ苦手な子には日本語で。
スペイン語が話せない子にはスペイン語で。
そして、お父さんお母さんにはなるべく日本語で。
それなりに両方操れる子にはごちゃ混ぜで(笑)
切り替えながら、時にごちゃ混ぜになりながら、みんなで色んなお喋りをする。
毎週は行けないけれど、時間を作ってなるべくこういう時間をみんなと共有したいと思ってます。
小学生、中学生の彼らにとっては、自分の頭の中が日本語になったりスペイン語になったりして、不安定になってしまうのかも知れない。大人になる前に、これだけ習慣も文化も宗教も違う環境で、支えてくれる人たちがこれだけ居る環境で生活できる時間というのが、いかに貴重かと言うことに気づいている子は一人もいないと思う。もちろん、あたしも小さい頃は全然解ってなかった。親は大変だったと思うし。でも、後から気づく時が、必ず来るんだよね。
2つの世界に片足ずつ突っ込んでるようで不安定だという感覚もあるかも知れない。でも、こういう環境が後々、人生の選択肢を増やしてくれるんだとあたしは思う。選択肢を増やせるチャンスが目の前にあるんだから、今、出来ることをやっておいて欲しい。それに貪欲になってもらいたい。後から後悔しないために。(あたしは、帰国してからドイツ語をすっかり忘れて、何よりもそれを後悔しています・・・。)
今までの自分の経験を、彼らに少しでも伝えてあげたいなと思った土曜日でした。
この会では、スペイン語が喋れなくても、興味がある方は大歓迎!
いつでもご連絡ください。一緒に、こども達に会いに行きましょう♪
「みなとみらい21クリーンセンター」に行ってきました。
毎週土曜日に開催される「ラテンアメリカ青少年の会」に参加するためです。
母国語であるスペイン語を忘れないようにと、毎週土曜日の14時~17時、日本在住のラテンアメリカのこども達とそのお母さん、そしてボランティアの方々が集まります。
元ペルー隊員OVの方と、あたしが帰国してから通っているスペイン語学校のペルー人の先生が、偶然にもこの会の発足に関わっていて、今年でもう10年目になるとのこと。帰国してからと言うもの毎週土曜日は何かしら忙しかったけど、やっと時間が出来たので遊びに行くことにしました。
ペルー隊員OVにとんかつの美味しいランチをご馳走になってから、「みなとみらい21クリーンセンター」に到着。ラティーノと言っても日本での生活が長いんだろうから、実際のところどんな感じなのか全く想像も出来ずに、とりあえず案内されるままについて行きました。
行ってみたら、既に数人のこども達が遊んでました。
だいたい、小学校低学年から中学生まで。
これ、どこかで聞いたことある、ちょっと懐かしい年齢層。
そうです。まるで、Hogarに戻ったかのような感覚。
この日は、ボリビア、コロンビア、ペルーのこども達が10人くらい集まってました。

すぐには懐いてくれないのかなと思いきや、意外にもすぐに馴染みました。
こども達とすぐに仲良くなれる。これは自分の数少ない才能と言わせてもらっても良いかも知れません(笑)
基本的には「母語教室」として運営されているらしいんだけれど、
今回は夏休みも終わりに近づいていることもあり、夏休みの宿題を手伝います。

あさがおの観察日記、絵日記、お手伝いカレンダー、読書感想文の主旨が解らないというペルー人のお母さん(猛烈に美人だった!)と小学校1年生の女の子。3人で、頑張って内容を考えました。一生懸命ひらがなを書く彼女は、とっても可愛らしかったです。
夏休みの宿題は全部終わったというボリビア人の小学校5年生の彼女と、算数のドリルをやりました。

3桁の掛け算なんだけど、ちょっとミスが多い。そして、集中力がない(笑)
でも、Hogarのこども達に比べるとやっぱり飲み込みは早いし理解度も高いので、正直言ってぜんっぜん、楽でした。
ペルーに居た頃はほぼ毎日、お昼ごはんを食べた後はみんなで宿題タイム。
幼稚園から小6のこども達の宿題を、至る所で勃発する喧嘩やふざけ合いを制しながら毎日見てました。夜は夜で、教えてもすぐに忘れちゃう中学生達に数学と英語を教えてました。
もちろん集中力や理解力が足りないのは別に彼らの責任だけではないんだけれど、打っても響きにくいという状況で何かを教えるというのは、どれだけ気力があっても足りないくらいに空しく、想像を絶する忍耐力が必要なことなのです・・・。
なんて事を書き出すと脱線しそうだけれど、まぁそんな悔しさを経験した後ということもあって、ヤル気があるかどうかは別として、飲み込みの早いこども達にこうやって教えるというのは、ちょっと新鮮でもありました。この日、会の主催者でもあるスペイン語の先生には「疲れたでしょう?大丈夫?」と何度も何度も聞かれたけれど、あたしは疲れるどころか、もの凄く嬉しかった。あと3人くらいいけますよ!ってな勢いで(笑)
そして何より、こども達と触れ合えたことが幸せでしょうがなかった。
日本に帰ってきた隊員達は、たぶん、自分が派遣されていた国の言語を使う機会が欲しいんだと思う。もちろん、それは、あたしも同じ。でも、こども達とこうやって触れ合って、わいわいがやがや冗談を言い合いながらお勉強をする。こういう時間が、ずっと恋しかったんだなって実感しました。場所もこども達も全然違うけど、ペルーのHogarで毎日感じていた、なんでもない幸せな感覚が蘇りました。
この会は17時までなんだけれど、終わりに近づいた頃、コロンビアの中学生の女の子が泣き出してしまいました。ペルー人の先生が、スペイン語のお勉強をしなさいと、文法のプリントを取り出した途端の出来事でした。
14歳で、日本語ペラペラ。スペイン語も聞いたらだいたい解るけど、例えば1月~12月という単語をスペイン語で言えなかったり、読み書きが殆ど出来ないという状態。お母さんがスペイン語で話すと、日本語で応える。家庭でも、ずっとそうやって会話してきたのでしょう。日本語や英語のお勉強は大好きなのに、苦手なスペイン語をお勉強しなさいと言われると、拒否反応が出てしまうのでしょうか。
あたしも小学校3年生まで西ドイツに住んでました。日本とドイツを行ったり来たりだったので、ドイツ語も適当、日本語も適当。あたしの言語能力は酷いものでした。今だって、そのコンプレックスは心の奥底に燻っています(その頃のせいにするわけじゃないけれど。笑)。
だからこそ、14歳の彼女が、今のうちにスペイン語をきっちりお勉強しておかないと後になって困るっていうのが、痛いほど解ってしまう。彼女にそういう話をしたら、やっとちょっとだけ納得してくれたみたいで、これからは日本人のあたしと一緒にスペイン語のお勉強を進めていくという、なんとも不思議な話になりました♪
日本語がまだまだ苦手な子には日本語で。
スペイン語が話せない子にはスペイン語で。
そして、お父さんお母さんにはなるべく日本語で。
それなりに両方操れる子にはごちゃ混ぜで(笑)
切り替えながら、時にごちゃ混ぜになりながら、みんなで色んなお喋りをする。
毎週は行けないけれど、時間を作ってなるべくこういう時間をみんなと共有したいと思ってます。
小学生、中学生の彼らにとっては、自分の頭の中が日本語になったりスペイン語になったりして、不安定になってしまうのかも知れない。大人になる前に、これだけ習慣も文化も宗教も違う環境で、支えてくれる人たちがこれだけ居る環境で生活できる時間というのが、いかに貴重かと言うことに気づいている子は一人もいないと思う。もちろん、あたしも小さい頃は全然解ってなかった。親は大変だったと思うし。でも、後から気づく時が、必ず来るんだよね。
2つの世界に片足ずつ突っ込んでるようで不安定だという感覚もあるかも知れない。でも、こういう環境が後々、人生の選択肢を増やしてくれるんだとあたしは思う。選択肢を増やせるチャンスが目の前にあるんだから、今、出来ることをやっておいて欲しい。それに貪欲になってもらいたい。後から後悔しないために。(あたしは、帰国してからドイツ語をすっかり忘れて、何よりもそれを後悔しています・・・。)
今までの自分の経験を、彼らに少しでも伝えてあげたいなと思った土曜日でした。
この会では、スペイン語が喋れなくても、興味がある方は大歓迎!
いつでもご連絡ください。一緒に、こども達に会いに行きましょう♪
2010/07/17
史上最強の贈り物
昨日の夕方、ペルーからのEMSが届きました。
ペドロくんが送ってくれたもの。

すごい重さでした。
5キロくらいあるんじゃ…と思わせるようなシロモノ。
送料、いくら払ったんだろう…。
前に日本からペルーにEMSを送った時、「受け取ってもskypeで話しながらじゃないと開けちゃダメ」と無理を言って、開けさせるのを我慢させました。今回は、まるでその仕返しかのように、翌日まで待たされたあたし…(笑)
ウキウキしながら開けてみると、最初に飛び出したのは箱入りのチョコレート。
これは、ママへのプレゼントでした。
そして、チョコレートの箱をどけたら、
なんとそこには、
愛するHogarのこども達からのお手紙の山。
Para: Mariko-san (まりこさんへ)
De: Ninoska (ニノスカより)
という、見なれたNinoskaの文字を見て、
そしてさらに、下に重なる封筒の多さを見て、
不覚にも号泣(笑)
ペドロくんや彼の家族が、
あたしやママや亜衣ちゃんのために送ってくれたものは
もちろんすっごく嬉しかった。
でも、それよりなにより、
こども達からのお手紙をこっそり入れてくれた心遣いに感激です。
さらに、お手紙をペドロくんに託したのに
いままでメールやお電話やチャットで話しても
ずっとそれを黙っていたHogarのみんなが凄い!!!
なんだ、ちゃんと秘密を守れるんじゃ…
これ、奇跡としかいいようがありません(笑)
あたしの妹、Marilinからのお手紙。

めっちゃ長かった。でも、2行読んだだけでもう泣けた(笑)
あたしが彼女を可愛がる気持ち、ちゃんと解ってくれてるみたいで安心しました。
Ninoskaからのお手紙。

Hogarのみんながマリによろしくって言ってるって。
そしてEliasが、「僕が日本に行くための飛行機を買ってってマリに言っといて」と書いてある。かわいい。
Erickからのお手紙。めっちゃ笑った。

ちゃんとお手紙が届いたか、証拠写真を撮って送って。
ちゃんとご飯食べなさいよって書いてあった。君はあたしのパパか?(笑)
ペドロくんからのカード。

ちょっと体調くずしたり疲れてたりするのを察して励ましのメッセージをくれました。
君は本当にペルー人か?!(笑)
他にもね、
セニョリータのために良い成績とるからねとか
あの頃はいろんな悩みを聞いてくれてありがとうとか
あたしがプレゼントしたお写真をわざわざ貼り付けて送ってきたりとか
友情の詩を書いてくれたりとか。
嬉しすぎるでしょう!!!
そして、ペドロくんからママ宛てのお手紙もありました。
その中に、
この2年間、ペルーとこども達には、とてもこううんな年でした。
おおくのこども達のせいかつは、大きくかわりました。
それはまりこさんの教えのおかげです。
かのじょはゆうきがある人です。
きんべんで、しんらいできる人です。
まりこさんは、ペルーですばらしいしごとをしました。
まりこさんがこどもの時のあなたのきょういくにかんしゃします。
今、わたしたちペルーの人達は
まりこさんというモデルになる人ができました。
と、ありました。
もー。言葉になりません。嬉しすぎて泣けてくる。
お電話もメールもチャットも良いけど、
こうやってみんなからお手紙をもらうって、本当に感動する。
メールよりもあったかくて、
お電話よりも照れたりしなくて、
いいよね。
あと、こんなものも入ってた。
アルパカちゃん。

アルパカ100%のアルパカのぬいぐるみ。すっごい気持ちいい手触りです。
でも…一緒に寝たら毛でくしゃみが出そうかも。かわいいでしょ。
ペルーの懐かしいお菓子や食材もいっぱい。
Hogarのこども達と相談して決めてくれたらしい。
ま、こども達はどーせ自分達が食べたいお菓子の名前を言ったんだろうけど(笑)
あたし、こんなに幸せで良いんでしょうか。
とにかく、すごいパワーを愛情をもらったことに間違いはありません。
les quiero muuuuuuuuuuuucho hermanitos!!!!!
arigato por todo!!!!!!!
ペドロくんが送ってくれたもの。
すごい重さでした。
5キロくらいあるんじゃ…と思わせるようなシロモノ。
送料、いくら払ったんだろう…。
前に日本からペルーにEMSを送った時、「受け取ってもskypeで話しながらじゃないと開けちゃダメ」と無理を言って、開けさせるのを我慢させました。今回は、まるでその仕返しかのように、翌日まで待たされたあたし…(笑)
ウキウキしながら開けてみると、最初に飛び出したのは箱入りのチョコレート。
これは、ママへのプレゼントでした。
そして、チョコレートの箱をどけたら、
なんとそこには、
愛するHogarのこども達からのお手紙の山。
Para: Mariko-san (まりこさんへ)
De: Ninoska (ニノスカより)
という、見なれたNinoskaの文字を見て、
そしてさらに、下に重なる封筒の多さを見て、
不覚にも号泣(笑)
ペドロくんや彼の家族が、
あたしやママや亜衣ちゃんのために送ってくれたものは
もちろんすっごく嬉しかった。
でも、それよりなにより、
こども達からのお手紙をこっそり入れてくれた心遣いに感激です。
さらに、お手紙をペドロくんに託したのに
いままでメールやお電話やチャットで話しても
ずっとそれを黙っていたHogarのみんなが凄い!!!
なんだ、ちゃんと秘密を守れるんじゃ…
これ、奇跡としかいいようがありません(笑)
あたしの妹、Marilinからのお手紙。
めっちゃ長かった。でも、2行読んだだけでもう泣けた(笑)
あたしが彼女を可愛がる気持ち、ちゃんと解ってくれてるみたいで安心しました。
Ninoskaからのお手紙。
Hogarのみんながマリによろしくって言ってるって。
そしてEliasが、「僕が日本に行くための飛行機を買ってってマリに言っといて」と書いてある。かわいい。
Erickからのお手紙。めっちゃ笑った。
ちゃんとお手紙が届いたか、証拠写真を撮って送って。
ちゃんとご飯食べなさいよって書いてあった。君はあたしのパパか?(笑)
ペドロくんからのカード。
ちょっと体調くずしたり疲れてたりするのを察して励ましのメッセージをくれました。
君は本当にペルー人か?!(笑)
他にもね、
セニョリータのために良い成績とるからねとか
あの頃はいろんな悩みを聞いてくれてありがとうとか
あたしがプレゼントしたお写真をわざわざ貼り付けて送ってきたりとか
友情の詩を書いてくれたりとか。
嬉しすぎるでしょう!!!
そして、ペドロくんからママ宛てのお手紙もありました。
その中に、
この2年間、ペルーとこども達には、とてもこううんな年でした。
おおくのこども達のせいかつは、大きくかわりました。
それはまりこさんの教えのおかげです。
かのじょはゆうきがある人です。
きんべんで、しんらいできる人です。
まりこさんは、ペルーですばらしいしごとをしました。
まりこさんがこどもの時のあなたのきょういくにかんしゃします。
今、わたしたちペルーの人達は
まりこさんというモデルになる人ができました。
と、ありました。
もー。言葉になりません。嬉しすぎて泣けてくる。
お電話もメールもチャットも良いけど、
こうやってみんなからお手紙をもらうって、本当に感動する。
メールよりもあったかくて、
お電話よりも照れたりしなくて、
いいよね。
あと、こんなものも入ってた。
アルパカちゃん。
アルパカ100%のアルパカのぬいぐるみ。すっごい気持ちいい手触りです。
でも…一緒に寝たら毛でくしゃみが出そうかも。かわいいでしょ。
ペルーの懐かしいお菓子や食材もいっぱい。
Hogarのこども達と相談して決めてくれたらしい。
ま、こども達はどーせ自分達が食べたいお菓子の名前を言ったんだろうけど(笑)
あたし、こんなに幸せで良いんでしょうか。
とにかく、すごいパワーを愛情をもらったことに間違いはありません。
les quiero muuuuuuuuuuuucho hermanitos!!!!!
arigato por todo!!!!!!!
2010/06/24
Copa Mundial
ワールドカップのこと、
スペイン語では「Coma Mundial」と言います。
ペルーは出場してないけれど
案の定(というか、それ以上)かなり盛り上がっているらしく
みなさん職場でもテレビ見て色んな国の応援をしているらしいです。
で、嬉しいのが、あたしが出会ったペルー人、
みんな日本を応援してくれているらしい。
この前のカメルーン戦の時なんて
試合が始まる直前に実家のお電話が鳴って、
母が出てみたら、お世話になった元ホームステイ先のママだった。
「日本がんばって!」
って、それだけのためにお電話くれたりして(笑)
そして今朝、試合が終わった頃、
今度はあたしの携帯にメールが届いた。
「Omedeto Gozaimasu!」
だって(笑)
一昨日、Hogarにお電話したら、こども達も
「日本、決勝に行けると良いね!」
と言ってくれました。
そう言えば、Hogarでサッカーやらバレーボールやらする時って
いつも「ペルー vs 日本」って言って遊んでたなぁ。
嬉しいね。
スペイン語では「Coma Mundial」と言います。
ペルーは出場してないけれど
案の定(というか、それ以上)かなり盛り上がっているらしく
みなさん職場でもテレビ見て色んな国の応援をしているらしいです。
で、嬉しいのが、あたしが出会ったペルー人、
みんな日本を応援してくれているらしい。
この前のカメルーン戦の時なんて
試合が始まる直前に実家のお電話が鳴って、
母が出てみたら、お世話になった元ホームステイ先のママだった。
「日本がんばって!」
って、それだけのためにお電話くれたりして(笑)
そして今朝、試合が終わった頃、
今度はあたしの携帯にメールが届いた。
「Omedeto Gozaimasu!」
だって(笑)
一昨日、Hogarにお電話したら、こども達も
「日本、決勝に行けると良いね!」
と言ってくれました。
そう言えば、Hogarでサッカーやらバレーボールやらする時って
いつも「ペルー vs 日本」って言って遊んでたなぁ。
嬉しいね。
2010/03/17
2010/02/27
53円のための戦い
昨日、バスのcobrador(車掌のような人)と大ゲンカをしてしまいました。
ペルーの路線バスは日本とはかなり違って、運転手の他に
乗車賃を受け取って切符を渡すcobradorという人がいます。
優しい気の利く人も居れば、お釣の計算を間違えまくったりする人もいます。
Hogarからリマに行くのにいつもの路線に乗り、
いつも通り1.7ソーレスの乗車賃を払います。
あんまり小銭がなかったので、10ソーレス札と70センティモを渡し、
きっちりと9ソーレスのお釣を受け取りました。
で、その数分後に、切符を受け取ってない事を思い出したのです。
あたしはバスの真ん中に居て、cobradorのお兄ちゃんはバス前方に居たので
急いでわざわざ頼むほどでもないし、次に通ったときに
切符ちょうだいよって言えば良いやと思って待つこと2~3分。
新しく乗って来た人からお金を受け取ろうと通りかかったお兄ちゃんに
「そう言えば切符もらってないよ」って言ったら、
「絶対に渡した。お釣の9ソーレスと一緒に渡した。ちゃんと確認しろ。」と。
明らかに受け取ってなかったので、とりあえず落ち着いて説明してみる。
そしたら、「ちゃんと渡したのにしっかり保管しないからダメなんだ。
もっかいバッグの中もぜんぶ見てみろ」とダメ出しされる始末。
たかが1.7ソーレス。あたしにお釣を9ソーレス渡した事を覚えているなら、
もう一枚くらい(いや、最初の一枚と断言しますが)切符をくれても良いと思う。
それなのに、明らかにあたしの責任にされて切符をくれようとしない
そのお兄ちゃんの傲慢すぎる態度にブチ切れました。
ちなみに1.7ソーレスってのは、日本円にして、約53円です。
ペルーに来た当初のあたしだったら、スペイン語で反論する気にもなれず、
もう1.7ソーレスくらい払っていたかも知れません。
でも、この2年間で随分ペルー人化してしまったあたし。
たかが53円と言えど、あまりにも理不尽で、黙っては要られません。
怒り心頭に発したあたしは、自分のバッグを突き出して
「そんなに言うなら今すぐ全部調べろ!」と反論。さすがにちょっと驚いたらしい
お兄ちゃんに、今度はお財布を差し出して「財布の中までとことん調べろ!」と。
そしたらなんと「俺は今、仕事中なんだよ。そんなこと出来るか!」との反論。
そして「とにかくもう一度ちゃんと自分で確認しろ」と呟いて、
バスの後方へと乗車賃を徴収しに行ってしまいました。
こんな下らない事でイライラしている自分に衝撃を受けつつも半ば呆然としている
あたしに、ようやく後ろから戻ってきた兄ちゃんは切符を差し出し、
「señorita, cuida tu boleto,ya?(ちゃんと切符大事にしろよな)」
と、めちゃんこ偉そうに言ってきた。
あたしは我慢できなくなって、
「mejor cuida tu cerebro, eh?!(お前が脳ミソ大事にしろ!)」
と大声で言い返してしましました。
あぁ、やってしまった…。
かなりすっきりしたものの、やっぱりすごい反省。
こんなレベルに落ちたら絶対にダメです…!!!
ペルーの路線バスは日本とはかなり違って、運転手の他に
乗車賃を受け取って切符を渡すcobradorという人がいます。
優しい気の利く人も居れば、お釣の計算を間違えまくったりする人もいます。
Hogarからリマに行くのにいつもの路線に乗り、
いつも通り1.7ソーレスの乗車賃を払います。
あんまり小銭がなかったので、10ソーレス札と70センティモを渡し、
きっちりと9ソーレスのお釣を受け取りました。
で、その数分後に、切符を受け取ってない事を思い出したのです。
あたしはバスの真ん中に居て、cobradorのお兄ちゃんはバス前方に居たので
急いでわざわざ頼むほどでもないし、次に通ったときに
切符ちょうだいよって言えば良いやと思って待つこと2~3分。
新しく乗って来た人からお金を受け取ろうと通りかかったお兄ちゃんに
「そう言えば切符もらってないよ」って言ったら、
「絶対に渡した。お釣の9ソーレスと一緒に渡した。ちゃんと確認しろ。」と。
明らかに受け取ってなかったので、とりあえず落ち着いて説明してみる。
そしたら、「ちゃんと渡したのにしっかり保管しないからダメなんだ。
もっかいバッグの中もぜんぶ見てみろ」とダメ出しされる始末。
たかが1.7ソーレス。あたしにお釣を9ソーレス渡した事を覚えているなら、
もう一枚くらい(いや、最初の一枚と断言しますが)切符をくれても良いと思う。
それなのに、明らかにあたしの責任にされて切符をくれようとしない
そのお兄ちゃんの傲慢すぎる態度にブチ切れました。
ちなみに1.7ソーレスってのは、日本円にして、約53円です。
ペルーに来た当初のあたしだったら、スペイン語で反論する気にもなれず、
もう1.7ソーレスくらい払っていたかも知れません。
でも、この2年間で随分ペルー人化してしまったあたし。
たかが53円と言えど、あまりにも理不尽で、黙っては要られません。
怒り心頭に発したあたしは、自分のバッグを突き出して
「そんなに言うなら今すぐ全部調べろ!」と反論。さすがにちょっと驚いたらしい
お兄ちゃんに、今度はお財布を差し出して「財布の中までとことん調べろ!」と。
そしたらなんと「俺は今、仕事中なんだよ。そんなこと出来るか!」との反論。
そして「とにかくもう一度ちゃんと自分で確認しろ」と呟いて、
バスの後方へと乗車賃を徴収しに行ってしまいました。
こんな下らない事でイライラしている自分に衝撃を受けつつも半ば呆然としている
あたしに、ようやく後ろから戻ってきた兄ちゃんは切符を差し出し、
「señorita, cuida tu boleto,ya?(ちゃんと切符大事にしろよな)」
と、めちゃんこ偉そうに言ってきた。
あたしは我慢できなくなって、
「mejor cuida tu cerebro, eh?!(お前が脳ミソ大事にしろ!)」
と大声で言い返してしましました。
あぁ、やってしまった…。
かなりすっきりしたものの、やっぱりすごい反省。
こんなレベルに落ちたら絶対にダメです…!!!
2010/02/25
これであたしもペルー人。
ついに購入しました。
クンビアの国民的人気グループ「Hermanos Yaipen」と「Grupo 5」のCD。

本当は1月末に意を決して(?)購入したんだけど、
買った直後にバッグを盗まれてしまい、昨日、ついに再度購入しました。
「Hermanos Yaipen」の「Largate」。
「Grupo 5」の「Me olvide de tu amor」。
彼らの曲は、一日屋外で過ごして、
耳に入ってこない日はないと断言できるでしょう。
どっちのグループも、何人なのか未だ謎。
例えば、ビールや携帯電話の宣伝には5人くらいしか写ってないし、でも買ったCDのジャケットにはそれぞれ6人しか写ってないし、かと思えば10人以上の写真がwebサイトに載っていたりするし、テレビで歌うとなるとかなりの人数でびっくりするくらい。
Grupo 5に関して言えば、「5」というくらいだから5人グループなのかと思っていたら、めちゃくちゃ大所帯で驚いた。つまり、本当のところは何人のグループなのか全くわかりません。ま、誰かに聞けば解るのかも知れないけど、そこまでして知りたいとも思わない(笑)
ペルーに来た当初は、バスに乗ったら大音量で流れてるし、お店やレストラン、夜、踊りにクラブに出かけてもいっぱいかかるしで、ひたすら耳を塞ぎたくなった事もありました…。でも今となっては、この野暮ったさがたまらないと思うこともしばしば。
そしてついに、CDを購入するまでに至りました。
ちゃんとiPodにも入れました。ついでに歌詞まで入れちゃいました。
これであたしも立派なペルー人の仲間入り…かな♪
クンビアの国民的人気グループ「Hermanos Yaipen」と「Grupo 5」のCD。
本当は1月末に意を決して(?)購入したんだけど、
買った直後にバッグを盗まれてしまい、昨日、ついに再度購入しました。
「Hermanos Yaipen」の「Largate」。
「Grupo 5」の「Me olvide de tu amor」。
彼らの曲は、一日屋外で過ごして、
耳に入ってこない日はないと断言できるでしょう。
どっちのグループも、何人なのか未だ謎。
例えば、ビールや携帯電話の宣伝には5人くらいしか写ってないし、でも買ったCDのジャケットにはそれぞれ6人しか写ってないし、かと思えば10人以上の写真がwebサイトに載っていたりするし、テレビで歌うとなるとかなりの人数でびっくりするくらい。
Grupo 5に関して言えば、「5」というくらいだから5人グループなのかと思っていたら、めちゃくちゃ大所帯で驚いた。つまり、本当のところは何人のグループなのか全くわかりません。ま、誰かに聞けば解るのかも知れないけど、そこまでして知りたいとも思わない(笑)
ペルーに来た当初は、バスに乗ったら大音量で流れてるし、お店やレストラン、夜、踊りにクラブに出かけてもいっぱいかかるしで、ひたすら耳を塞ぎたくなった事もありました…。でも今となっては、この野暮ったさがたまらないと思うこともしばしば。
そしてついに、CDを購入するまでに至りました。
ちゃんとiPodにも入れました。ついでに歌詞まで入れちゃいました。
これであたしも立派なペルー人の仲間入り…かな♪
2010/02/16
Día de San Valentín
昨日はバレンタインデーでしたね。
日本では「女性から男性にチョコ」が一般的ですが、ペルーでは恋人同士の日。また、友情の日でもあります。
お世話になっている友達やペルーのママ達からも、バレンタインおめでとう的なメールやお電話をもらって、あぁこういう日って良いなぁと思いました。
で、Hogarに戻ってきたら、Hogarを出て行った兄弟からお電話がかかってきました。「Día de San Valentínだからセニョリータの声を聞きたかったんだ」って。夏休みだからお仕事を手伝ったり、バイクの運転を覚えたりしているそうです。Hogarのお電話にかけてきて、他のスタッフでも誰でもないあたしを呼び出して30分くらい色んな事を話してくれる。それが、何よりも嬉しかった。
こんなの見つけました。
ペルーの有名なお菓子「アルファホーレス」の、バレンタイン版。

文字は消えまくってますが、「TE AMO(I LOVE YOU)」と書かれていたものです。
かわいいね。
なんだか、とっても幸せな日でした。
日本のバレンタインも、こういう日なら良いのにな♪
日本では「女性から男性にチョコ」が一般的ですが、ペルーでは恋人同士の日。また、友情の日でもあります。
お世話になっている友達やペルーのママ達からも、バレンタインおめでとう的なメールやお電話をもらって、あぁこういう日って良いなぁと思いました。
で、Hogarに戻ってきたら、Hogarを出て行った兄弟からお電話がかかってきました。「Día de San Valentínだからセニョリータの声を聞きたかったんだ」って。夏休みだからお仕事を手伝ったり、バイクの運転を覚えたりしているそうです。Hogarのお電話にかけてきて、他のスタッフでも誰でもないあたしを呼び出して30分くらい色んな事を話してくれる。それが、何よりも嬉しかった。
こんなの見つけました。
ペルーの有名なお菓子「アルファホーレス」の、バレンタイン版。
文字は消えまくってますが、「TE AMO(I LOVE YOU)」と書かれていたものです。
かわいいね。
なんだか、とっても幸せな日でした。
日本のバレンタインも、こういう日なら良いのにな♪
2010/01/19
カビとの闘い
昨日はお洗濯をしました。
でも、今日もお洗濯をしました。
ペルーの冬は、すごい湿気なのです。
とは言っても今は夏。太陽がさんさんと降り注ぐ…はずなのですが、今年は異常気象らしくて未だに雨が降ったり太陽が出なかったり、湿気との闘いの日々です。
例えば…
だいぶ温かくなってきたのでしばらく履いていなかったブーツ。お部屋に置いといただけなのに、昨日見たら、すっごいカビ。あまりにも悲しくて呆然としました…。
もう2ヶ月くらい着ていなかったユニクロのフリース。最近は姉が送ってくれた紫フリースばっかりだったから、たまにはこっちを着ようかなと手にとったら、めっちゃカビ臭い…。
すんごい久しぶりに取り出してみた黒いスニーカー。ベージュっぽい模様が見えて、あれ、こんな模様だったっけ?と思ったら、全部カビでした。そう言えば黒地に黒いお花模様の、真っ黒いスニーカーでしたよね。
これは日本に帰ったら使わないから誰かにあげようかなと思った、青いジャンパー。ハンガーから外そうと思ったら、内側にすごいカビ…。誰かにあげるどころではありません…!
こんな感じで、なんでもかんでもカビだらけ。
もちろん、収納場所には除湿剤を2つも入れてるんだけどねぇ…。
今カメラが使えないから、お写真を撮れないのが残念なくらいの見事なカビです(笑)
幸いにもお着物は使う機会が多いので今のところ無事だけど、これから日本に帰るまでに気をつけておかないとカビだらけのモノを洗う暇もなく日本に持ち帰る事になりそう!!!
夏だというのに、洗濯三昧の日々は続く…。
でも、今日もお洗濯をしました。
ペルーの冬は、すごい湿気なのです。
とは言っても今は夏。太陽がさんさんと降り注ぐ…はずなのですが、今年は異常気象らしくて未だに雨が降ったり太陽が出なかったり、湿気との闘いの日々です。
例えば…
だいぶ温かくなってきたのでしばらく履いていなかったブーツ。お部屋に置いといただけなのに、昨日見たら、すっごいカビ。あまりにも悲しくて呆然としました…。
もう2ヶ月くらい着ていなかったユニクロのフリース。最近は姉が送ってくれた紫フリースばっかりだったから、たまにはこっちを着ようかなと手にとったら、めっちゃカビ臭い…。
すんごい久しぶりに取り出してみた黒いスニーカー。ベージュっぽい模様が見えて、あれ、こんな模様だったっけ?と思ったら、全部カビでした。そう言えば黒地に黒いお花模様の、真っ黒いスニーカーでしたよね。
これは日本に帰ったら使わないから誰かにあげようかなと思った、青いジャンパー。ハンガーから外そうと思ったら、内側にすごいカビ…。誰かにあげるどころではありません…!
こんな感じで、なんでもかんでもカビだらけ。
もちろん、収納場所には除湿剤を2つも入れてるんだけどねぇ…。
今カメラが使えないから、お写真を撮れないのが残念なくらいの見事なカビです(笑)
幸いにもお着物は使う機会が多いので今のところ無事だけど、これから日本に帰るまでに気をつけておかないとカビだらけのモノを洗う暇もなく日本に持ち帰る事になりそう!!!
夏だというのに、洗濯三昧の日々は続く…。
2010/01/17
2010/01/15
ビデオ出演
2009年は、ペルーへの日本人移住110周年でした。
その記念に作曲された「Corazón Nikkei」という曲があります。
マイクを持ってメインで歌っている方々は、どうやら有名人らしいです。
以前、国立博物館で式典があった時に初めて聴いたんだけど
その日はお手伝いで言っていたので詳細も解らず。
で、明日は、そのビデオ撮影が予定されています。
どんな趣旨のビデオになるのかは全く不明なのですが…とりあえず
着物姿の女性が必要とのことで、例に漏れず
ありがたい事に日秘会館からご依頼を頂きました。
何をすれば良いのかは全く聞かされていません。
解っているのは、いつもの青い着物を持って日秘会館に行くだけ。
どんな事すれば良いんだろ…
着物で登場するの、一人じゃないと良いな…
後ろの群集の一人とかでありますように…
日焼けしちゃったけど許されるかな…
と、一人でもんもんとしております。
でもなんだかんだ言って楽しみ。
完成したものは…お見せ出来る仕上がりである事を願います(笑)
その記念に作曲された「Corazón Nikkei」という曲があります。
マイクを持ってメインで歌っている方々は、どうやら有名人らしいです。
以前、国立博物館で式典があった時に初めて聴いたんだけど
その日はお手伝いで言っていたので詳細も解らず。
で、明日は、そのビデオ撮影が予定されています。
どんな趣旨のビデオになるのかは全く不明なのですが…とりあえず
着物姿の女性が必要とのことで、例に漏れず
ありがたい事に日秘会館からご依頼を頂きました。
何をすれば良いのかは全く聞かされていません。
解っているのは、いつもの青い着物を持って日秘会館に行くだけ。
どんな事すれば良いんだろ…
着物で登場するの、一人じゃないと良いな…
後ろの群集の一人とかでありますように…
日焼けしちゃったけど許されるかな…
と、一人でもんもんとしております。
でもなんだかんだ言って楽しみ。
完成したものは…お見せ出来る仕上がりである事を願います(笑)
2010/01/02
明けましておめでとうございます!
皆さま、新年明けましておめでとうございます。
ペルーは日本より14時間遅れての年明けですが、ちょうとお昼頃にテレビをつけたら世界各国の年越しの様子が放送され、東京の映像も少し映って、花火の美しさにこども達と一緒に興奮してしまいました。
さて、Hogarでの年越しの様子をお伝えしましょう。
ペルーだけでなくエクアドル等の近隣国でも同じらしいんだけど、古い洋服を使ってお人形さんを作ります。これを、年越しの直前に燃やして、その年の嫌な事を全て燃やしてしまおうというのです。

普通の大人くらいの大きさの人形、しかも中身もぎっしりなので、普通に燃えるわけはありません。ガソリンスタンドにペットボトルを持って行って「ガソリンください」と頼み、お人形にぶっかけて、燃やします。

こども達もスタッフも、みんな一緒に花火をします。ちびっ子達は、一度燃え尽きた花火がもう一回燃やせると思ってたり、今度は反対側から燃やせると思ってたり(笑)小さな打ち上げ花火もやったけど、さすがにちびっ子が多い場所ではちょっと怖かった…。

そして年が明けたら、ブドウとシャンパンで乾杯。まぁこちらの人はみんな「シャンパン」と言うんだけどもちろんそんな事はなく、スパークリングワインです。ちびっ子はコーラに混ぜて飲んでましたが、本当に美味しくなかった…。そしてブドウは一年間ってことで12粒食べるらしいんだけど、知らなかったから36個くらい食べちゃいました。

Hogarのスタッフと一緒に買った、こども達と飲む用のスパークリングワインは1本で2.5ソーレス(約80円?!)くらいのすっごい安いやつで飲めたもんじゃなかった…ので、もう一本こっそり買っておいたチリ産のをお部屋でこっそり飲みました。と言っても500円くらいなんだけど、かなり美味しく感じました…(笑)

そんな感じで、年越し蕎麦を食べることも黒豆のお味見をすることもテレビで紅白を見ることも日本人と語り合う事もない本当にペルー式の年越し。日本が恋しくてなんだか寂しくなったりもしましたが、なんだかんだ言ってみても、あたしはこども達の笑顔が見られれば本当に幸せな気持ちになれるって事にあらためて気が付いて、みんなと一緒に楽しく過ごしました♪
来年はコテコテの日本式の年末年始を…と心に誓った年越しの瞬間でした。
ペルーを発つまであと80日だそうなので、あと少しお待ちくださいませ☆
今年もどうぞよろしくお願いします!
ペルーは日本より14時間遅れての年明けですが、ちょうとお昼頃にテレビをつけたら世界各国の年越しの様子が放送され、東京の映像も少し映って、花火の美しさにこども達と一緒に興奮してしまいました。
さて、Hogarでの年越しの様子をお伝えしましょう。
ペルーだけでなくエクアドル等の近隣国でも同じらしいんだけど、古い洋服を使ってお人形さんを作ります。これを、年越しの直前に燃やして、その年の嫌な事を全て燃やしてしまおうというのです。
普通の大人くらいの大きさの人形、しかも中身もぎっしりなので、普通に燃えるわけはありません。ガソリンスタンドにペットボトルを持って行って「ガソリンください」と頼み、お人形にぶっかけて、燃やします。
こども達もスタッフも、みんな一緒に花火をします。ちびっ子達は、一度燃え尽きた花火がもう一回燃やせると思ってたり、今度は反対側から燃やせると思ってたり(笑)小さな打ち上げ花火もやったけど、さすがにちびっ子が多い場所ではちょっと怖かった…。
そして年が明けたら、ブドウとシャンパンで乾杯。まぁこちらの人はみんな「シャンパン」と言うんだけどもちろんそんな事はなく、スパークリングワインです。ちびっ子はコーラに混ぜて飲んでましたが、本当に美味しくなかった…。そしてブドウは一年間ってことで12粒食べるらしいんだけど、知らなかったから36個くらい食べちゃいました。
Hogarのスタッフと一緒に買った、こども達と飲む用のスパークリングワインは1本で2.5ソーレス(約80円?!)くらいのすっごい安いやつで飲めたもんじゃなかった…ので、もう一本こっそり買っておいたチリ産のをお部屋でこっそり飲みました。と言っても500円くらいなんだけど、かなり美味しく感じました…(笑)
そんな感じで、年越し蕎麦を食べることも黒豆のお味見をすることもテレビで紅白を見ることも日本人と語り合う事もない本当にペルー式の年越し。日本が恋しくてなんだか寂しくなったりもしましたが、なんだかんだ言ってみても、あたしはこども達の笑顔が見られれば本当に幸せな気持ちになれるって事にあらためて気が付いて、みんなと一緒に楽しく過ごしました♪
来年はコテコテの日本式の年末年始を…と心に誓った年越しの瞬間でした。
ペルーを発つまであと80日だそうなので、あと少しお待ちくださいませ☆
今年もどうぞよろしくお願いします!
2009/12/19
Nacimiento制作
去年のブログにも書きましたが、ペルーでは毎年クリスマス前になると「Nacimiento」と言ってキリスト生誕の様子を置物やら色んなものを使って作ります。殆どの家庭にはこれ用のセットがあって、市場やデパートでも道具やら飾りつけに使う紙やら色んなものが売られています。
今年も、だいぶ遅くなりましたが、スタッフ達と一緒にお手伝い。
先ずは、どこにどうやって作るかで大モメ。

3人のスタッフがそれぞれ自分の意見を主張した後に「マリはどう思う?」と聞いてくる。でも作業は進行中。いや…どうして作業を始める前にみんなで良く話し合わないのでしょうかね。日本人同士だったら、紙に完成予想図を描くとかさ、色々するじゃない。まぁ、そんなのしないで行き当たりばったりなのがペルーなんだよね。
そして予想通り(?)、芝生ふさふさのお庭に2箇所も大きな穴を開けたというのに、あっさりと場所を変更。

当初の予定とは全くと言って良いほど違う方向性に変わりました(笑)でも、頑張って穴を掘っていた人もぶーぶー文句言ったりしないで、「あ、そう、変えるの?いーんじゃない。」って、普通にお手伝いを続けているのが、やっぱりペルーの良さだよなぁとも思う。
あたしも、芝生まみれになりながら頑張りました。

ちびっ子達もお手伝い。いや、お手伝いしてくれてるのか邪魔になってるのか殆ど解りませんけれど…でも、Nacimientoがどんどん形になっていく過程を見ながら「すごーい!かわいいー!」と歓声を上げるこども達の姿は本当に微笑ましい。みんな、クリスマスが大好きなんだよね。
Nacimientoの真ん中にイエス様が置いてあるけれど、これは24日まで保管。24日になったらはじめて、キリスト生誕ってことでここにあらためて置かれるのです。
それにしても…マリア様のお人形のサイズに比べてイエス様は大きすぎるだろうと思ってしまう自分は、やっぱり夢がないのでしょうか(笑)
今年も、だいぶ遅くなりましたが、スタッフ達と一緒にお手伝い。
先ずは、どこにどうやって作るかで大モメ。
3人のスタッフがそれぞれ自分の意見を主張した後に「マリはどう思う?」と聞いてくる。でも作業は進行中。いや…どうして作業を始める前にみんなで良く話し合わないのでしょうかね。日本人同士だったら、紙に完成予想図を描くとかさ、色々するじゃない。まぁ、そんなのしないで行き当たりばったりなのがペルーなんだよね。
そして予想通り(?)、芝生ふさふさのお庭に2箇所も大きな穴を開けたというのに、あっさりと場所を変更。
当初の予定とは全くと言って良いほど違う方向性に変わりました(笑)でも、頑張って穴を掘っていた人もぶーぶー文句言ったりしないで、「あ、そう、変えるの?いーんじゃない。」って、普通にお手伝いを続けているのが、やっぱりペルーの良さだよなぁとも思う。
あたしも、芝生まみれになりながら頑張りました。
ちびっ子達もお手伝い。いや、お手伝いしてくれてるのか邪魔になってるのか殆ど解りませんけれど…でも、Nacimientoがどんどん形になっていく過程を見ながら「すごーい!かわいいー!」と歓声を上げるこども達の姿は本当に微笑ましい。みんな、クリスマスが大好きなんだよね。
Nacimientoの真ん中にイエス様が置いてあるけれど、これは24日まで保管。24日になったらはじめて、キリスト生誕ってことでここにあらためて置かれるのです。
それにしても…マリア様のお人形のサイズに比べてイエス様は大きすぎるだろうと思ってしまう自分は、やっぱり夢がないのでしょうか(笑)
2009/12/05
温泉・・・。
リマ市内では、バスがいっぱい走ってます。
ペルーに来たばっかりの頃は乗るのがなんとなく怖くってドキドキしていたけれど、今となってみればよくまぁここまでマスターしたなぁと言うくらい色んなバスを乗りこなせるようになりました。
走っているバスは、基本的には日本製か韓国製。なぜそれが解るかって言うと、「非常口」って文字が日本語か韓国語で書かれているのが殆どだから。中には「○△幼稚園」とか「×□商店」とか、何県出身かが解るバスまで走ってます(笑)タクシーなんかの場合は、どっかの会社の営業車だったのも多いよね。
もうそんな風景も見慣れてしまったけれど、
先日、思わずバスの中からお写真を撮ってしまいました。

桃太郎温泉。源泉かけ流しの湯だそうです。
思わず、ネットで検索してしまいました。
岡山県にあるそうです。
温泉水脈成長中の生きた温泉だそうです。
あぁ…温泉…行きたい…。
ちなみに、このお写真を撮るのに、10分以上粘りました。
しょーもない日記でごめんなさい。
ペルーに来たばっかりの頃は乗るのがなんとなく怖くってドキドキしていたけれど、今となってみればよくまぁここまでマスターしたなぁと言うくらい色んなバスを乗りこなせるようになりました。
走っているバスは、基本的には日本製か韓国製。なぜそれが解るかって言うと、「非常口」って文字が日本語か韓国語で書かれているのが殆どだから。中には「○△幼稚園」とか「×□商店」とか、何県出身かが解るバスまで走ってます(笑)タクシーなんかの場合は、どっかの会社の営業車だったのも多いよね。
もうそんな風景も見慣れてしまったけれど、
先日、思わずバスの中からお写真を撮ってしまいました。
桃太郎温泉。源泉かけ流しの湯だそうです。
思わず、ネットで検索してしまいました。
岡山県にあるそうです。
温泉水脈成長中の生きた温泉だそうです。
あぁ…温泉…行きたい…。
ちなみに、このお写真を撮るのに、10分以上粘りました。
しょーもない日記でごめんなさい。
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