2009/01/31

たった一ヶ月で。

今日は癒し系Danielに会いに行ってきた。

協力隊員としての活動ではないけれど、Hogarを出て行ったこども達がどうしているのか気になるし、しかも、マードレが変わったら戻ってくる可能性も無いわけじゃない。だから、この夏休み中にどうしても会っておかなきゃと思うわけです。

彼らのお家は、リマの中心地から少し東に離れた「San Juan de Lurigancho」という地域。治安が悪くて行ってはいけないギリギリの地域だからJICA事務所の方には少し心配&ご迷惑をかけてしまって非常に申し訳なかったけれど、会いに行けて彼のここでの生活が垣間見れて本当に良かった。

Danielは、Hogarを出てたった一ヶ月しか経っていないのに、なんだかすごく大人になったように見えた。

※Danielが「リマのマチュピチュ」と言う急斜面。納得(笑)


これまでにも何度かお電話をくれて、弟Juan Carlosも彼も、新しい学校に行くための制服やらノートを買うために働いているという話を聞いていた。弟は叔父さんと一緒に建設現場で、Danielは叔母さんの働いている縫製工場でお手伝いをしているとか。10時間くらい働いているから、アルバイトって言うか、もう本気の労働の域に達している。

元気なの?どーよ?って聞くと、いつも「Bien!」って応えるから、特に問題もなくやってるんだと思ってた。でも、お家のお電話で喋ってるんだから、そりゃ問題あっても「ここに居たくない」だなんて口が裂けても言えないんだよね…。

住んでいるお家はけっこう大きかったし、電化製品も揃ってそうだったし、不自由なくやってるんだと思ったんだけど、実際にはやっぱり色々と大変らしい。引き取ってくれたご家族だって裕福なわけはなく、二人は当然のことながら稼ぎ手扱い。毎日働いていても、彼らが自由に使えるお小遣いは1ソルだって貰えないのでした。


ちょっと痩せたDanielに、工場のお仕事はそんなに大変なのかと訊いたら、仕事は大したことないけど、たまにお昼ご飯を食べられない時があるんだ、と。食べるのが大好きで、かつてEliasの朝ごはんのゆで卵を勝手に食べちゃってマードレにめちゃくちゃ叱られていたあのDanielが、ご飯を食べられないでいる。さらに、僕はあと一年で学校を卒業するから、そしたら弟が卒業するまでの3年間は彼のために働くんだ、と笑顔で言う。

毎日働いているのに、お小遣いは全然貰えないの?何か欲しい時は叔母さんにお願いしてるの?と訊いてみた。なぜなら同じく叔母さんに引き取られたJulioやRicardoは、働いてないけどたまにインターネットに行ったりしているの知ってたから。そしたら、「僕たちはお金は受け取らない。叔母さんが、何か必要なら言いなさいって言ってくれるけど、欲しいものはあっても、頼むのは恥ずかしいし嫌だし、そんなの頼めないよ。」と。

お仕事は大変でも、ご飯はお腹いっぱい食べられなくても、でもご家族が良い人たちで良かったね、安心したよと言ったら、実はそうでもないらしい。やっぱり若干ではあるけれど「お荷物」扱いで、色んなこと言われているらしい。「だけど嫌だとか文句も言えない。だってココで生活させてもらってるんだもん。」だって。


こういう状況の中で、聞き出さなくちゃ弱音一つ吐かなくなったDanielに、成長したなぁと感動しつつも、自分が情けなくなってしまった。「ねぇセニョリータ!あの頃みたいに何かアドバイスしてよ!」とキラキラした目で言われても…何も言葉が出てきませんでした。

だってもう、色んなことが解ってきてるんだよね。Hogarに居た頃は、スタッフ達の言うこと聞かずにお掃除サボったり夜中に抜け出して事故にあったり散々好き勝手やってきたけど、あの場所がどれだけ恵まれていたか、もう充分すぎる程に解ってるんだよね。


2時間待っても帰って来ない弟を諦めて2人でお昼ご飯。この町に似つかわしくない雰囲気の良いセビッチェリアで、セビッチェと、チチャロンと、アロスコンマリスコスを注文。え、多すぎ?良いのです。いっぱい残して、弟に持って帰らせる作戦ですから!

二人でHogarの懐かしい話をしながらいっぱい食べました。「セニョリータに叱られた時のこと、今でもすごい思い出すよー。」と笑いながら話すDaniel。中でも、歯医者さんの予約時間に3回続けて遅れた時のあたしのキレ具合とか、夜中に抜け出して事故に遭って帰ってきた時に泣きながらほっぺたひっぱたいた事とか(笑)

まだ一ヶ月しか経ってないのに、毎日一緒にいたもんだから、ちょっと離れるだけですんごい長いこと会えなかった気分。でも、もしかしたら、Danielが大人になったから余計に時間が経ったように感じただけなのかなとも思ったり。



別れ際「何かあったら遠慮なく連絡してね。あたしに出来ることがあったら思い切って相談してね。」と言うと、「セニョリータ、…実は僕、…スニーカーが欲しいんだ。」と、すんごく恥ずかしそうに言うDaniel。

スニーカー?え、そんなんで良いの?
お小遣いが欲しいとか、そういうことかと思ったら、スニーカーだって。サンダルと学校に行く靴しか持ってない彼は、近所のお友達と、サッカーがしたいんだよね。そんなの、何足だって買わせて頂きますとも。

12月、彼らがHogarを去る少し前のChocolatadaのイベントで、日秘協会のマドリーナ達からこども達一人一人に贈られた新品のスニーカー。大きい男の子たちのは、マードレに取り上げられて、今でも彼女の部屋に保管されているのを、あたしは知っている。


これからは、あたしが彼らのマドリーナ。
来週末は、Polvos Azulesにスニーカー買いに行こうね。
かっくいーやつ、探そうね。

2009/01/30

ナスカの地上絵が…

衝撃のニュース。

ここ数年、ナスカの地上絵のある砂漠地帯に雨が降るようになり、
山岳地帯からも川の水が流れ込み…地上絵の危機のようです。

ペルーはコスタ(海岸砂漠地域)、シエラ(山岳地域)、セルバ(熱帯雨林地域)の
3つの地域から成っていて、ナスカがあるのはコスタ。
年間を通して殆ど雨が降らないと言われている地域なのに、最近は雨が多い。

このサイトにニュースが載ってました。
「video1」というところをクリックするとニュース動画が見られます。
あぁぁ…。すごいことになっているー。


ナスカの地上絵は、石や砂をどけて白っぽい地面を出すことによって
書かれたものだから、雨が降ったりするとかなりダメージを受けてしまうのです。

ナスカの町は、人口3万人程度。
詳しく知らなくて申し訳ないけれど、まぁ観光で行った自分から見れば
「ナスカの地上絵」のためにあるような小さな町。リマ在住のペルー人にも、
ナスカの町って何にも無いよと言われるような場所でした。


地上絵がなくなったら…あの町はどーなる?
仲良くお喋りした高校生のあの子は、将来は
観光のお仕事するんだって、英語と日本語に興味津々だったけど。
彼女のお姉さんはミラドールで働いてるって言ってたけど。
どうしてるんだろう・・・なんて、つい考えてしまう。

去年までナスカ展やってたくらい日本でも人気なのにね。
危機遺産にならなければ良いけど…。世界遺産、がんばれ。

2009/01/29

居場所

久し振り(と言っても2週間ぶり)に、弟Julioに会ってきた。

前に会った時は最悪だった。何があったかと言うと…
エクアドル旅行のお土産としてチョコを渡した時のこと。
「いらない!」と言い張って受け取らなかった弟くん、
最終的にはしぶしぶ受け取ってくれました。

でも数日後に会って、チョコ食べた?って聞いたら、
「チョコ?捨てたよ。」と。サクっと。

そんなの絶対に嘘って解ってはいたけれど、
そういう言葉や態度にあたしがどれだけショックを受けるのか
誰よりも一番知っているくせに、あえてそれを言うところが
とにかく気に入らなかったのです。18歳にもなって!!!

その日の午後すぐに「ごめんなさいメール」を送ってきたから
「近いうちにお昼ご飯一緒に食べようね」とお赦しメールを返したんだけれど、
その後、自分の体調があんまり良くなくて、行く気になれなかったわけです。


だけど今日は遠くであたしを見つけたJulioがこっそりと、
でもすごーく嬉しそうに微笑んだのを、あたしは見逃しませんでした。

公園でジュース飲んで、チョコ食べて、お喋り。
この前のこともちゃんと謝ってきた。やれば出来るじゃん。


人見知りが激しくて、不器用で、ちょっと頑固。いや、かなり頑固か。
引き取ってくれた叔母さんの家族になかなか馴染めないあの子を
「18歳にもなって忍耐も協調性もないヤツ」と思っていた。

けれど、15年近く生活していた自分の居場所だったHogarを
すごく不本意な形で追い出されて、今まで2回くらいしか会った事のない人たちと
一緒に生活をしなきゃいけなくなった彼には、大変で当たり前なんだ。


Hogarに居るこども達の様子を色々と訊いてくる姿。
それを楽しそうに懐かしそうに、でもちょっと寂しそうに聞く姿。
そんなJulioを見ていたら、せめてあたしと一緒に居る時くらいは
「自分の居場所」だと思ってもらえるようにしてあげなきゃと思うのでした。

Julioが引き取られた先が、タクシーで10分の場所で良かった。
もし日帰りで行けないような場所だったら、今頃どうなっていたんだろう。


残された時間は1年2ヶ月。
ちょっと頼りないかも知れないけど、彼が自分で自分の居場所を
作れるようになる日まで、しつこく会いに行けますように。

2009/01/26

手の込んだDVD

先週末はお料理三昧してきました~♪

2日間で、春巻きと、バターチキンカレーと、海老入りレッドカレーを(笑)
やっぱり自分は美味しいもの作るの大好きなんだなぁってことをあらためて実感。

Hogarでの自炊できない(食事の選択肢がない)ストレスを発散させるためには
リマに上京してキッチンを拝借し、自分の好きな物を作らせてもらう。
あるいは、自分の好きな物を人に振舞って喜んでもらうしかないっ!と☆
このお料理熱、あと1ヶ月は続きそうな予感…。
とは言っても、よくお世話になる元ホームステイ先の家族にも当然のことながら
食の好みはあるわけで、 そのへんよく考えないといけないのだけれどね。



ところで最近、すごい手の込んだDVDを発見してしまいました。

NANAって日本で大流行の漫画、あるよね。
そのアニメ版のDVDを、Hogarからそんなに遠くないメルカドにある
「TOMODACHI」っていうお店で買いました。

こども達が寝静まった夜中、DVDをぼけーっと観るのは至福の時。
スペイン語のお勉強になるし、くだけた表現がけっこう学べる。
あぁ「NANA」懐かしいなぁ、やっぱり日本のアニメパワーって凄いなぁと
しみじみと眺めながら、ある瞬間、ふと違和感を覚えた。


何かがおかしい… 何だろう… と思ったその瞬間、
このDVD、ものすごい手が込んでいることに気づきました。



なんと…メール等の日本語表示が全て、スペイン語に画像修整されている!!!
携帯画面のみならず、手紙や書き置き的なものまで全て!!!!!
(※上の画像は、東京に上京する奈々宛てに、章司が送ったメール。)

字幕で表示されるスペイン語を見ると、中南米向けというよりは
ヨーロッパ向けのスペイン語という印象を受けるけど…
とにかくすごい細かい仕事しちゃってます、このDVD編集者。


びっくりした。こんな事ってあるんだね。
この情熱…他の方向に向けられることはないのでしょうか(笑)

続きも楽しみに観てみようと思ってます。

2009/01/22

このごろ

最近、活動内容についてあんまり書かない訳。
それは・・・「青少年活動」が出来ていないから。
大きい子たちが殆どいないので、活動にならないわけです。

どちらかと言うと、「幼児教育」みたいな生活を送ってます。
3~9歳くらいの子たちを病院に連れて行ったり、
リコーダー教えたり、日本語教えたり、ご飯の食べ方教えたり。

ま、大きい子にご飯の食べ方を直させるよりも
小さい子に教える方が楽と言えば楽なんだけどね。


でもやっぱりペルーに来てHogarで活動してて、
一番「手応え」らしいものを感じる時っていうのは
いつも大きい子たちからもらう言葉だった気がする。

あぁーみんな帰ってこれるのかなぁ。みんなに逢いたいなぁ。
スタッフにバレないように変な日本人のフリをしてHogarにお電話してくれたり、
「マリー、いつ遊びに来てくれるの?!」ってしつこく訊いてくれたり、
「こんなお仕事を手伝ってるんだよ!頑張ってるんだよ!」って報告してくれたり、
離れてもやっぱりみんな可愛い。慕ってくれるってすごく嬉しい。


まだ結論が出ていないから書けないのだけれど、
Hogarは組織運営の件でマードレ達とちょっと揉めています。
あたしも、どうなることか…って状態。

困ったことにちょっと宙ぶらりんな立場だから、この時期を活用して
Hogarを一時的(永遠かも知れないけど!)に離れている
こども達を訪問して、離れていても大好きだよって、悪いことすると
またあたしが泣いて悲しむぞって、忘れられないように活動してこようかな。
って言っても、会ってご飯食べて、くだらないお話するだけだけど~♪


そんな訳で来週末は、青少年訪問をしに行ってきます!
第3号報告書を書くまであと2ヶ月。
なんとか方針もあたしの立場もきちっと固まりますように・・・。

2009/01/20

グリーンカレー

Hogarでは自炊が出来ないあたし。
そう、食事の選択肢が全くないのです。
ただただ、調理師さんが作ってくれたご飯を頂くのみ。

でもね・・・たまに、めちゃくちゃ自分でお料理したくなるわけです。
そんなこんなで、週末は久しぶりにグリーンカレーを作りました!


鶏肉とお茄子(めちゃくちゃ大きい)をスーパーで購入。
グリーンカレーペーストとココナッツミルク、そしてナンプラーもメルカドで入手。

なにげに店員Marcosさんは日本で働いていたことがある。 あたし殆ど東北に
行ったことないのに、彼は殆ど制覇していた・・・おそるべしペルー人!

バイマックルの葉っぱが手に入らなかったけれど、
それを差し引いてもかなり美味しいタイカレーが出来ましたっ♪



来週は、姉に持って来てもらったイカの塩辛(賞味期限2ヶ月切れ!)を使って
ホームステイ先のママに塩辛とアーモンドの春巻きを作ってあげる予定。
おっと、インドカレーも作らなきゃ。


ペルーは普通のスーパーにも色んなスパイスが揃ってるから
どこの国のお料理でもそれなりに作れそうな気がするんだよね。


自炊しにリマに帰る。こんな生活も悪くない。楽しみ~☆

2009/01/16

今度は袋帯!

先日、振袖を買ってしまったと書きましたが・・・

そんなおバカなあたしに、なんと母が、袋帯を買ってくれました。

ありがとう、ママ!!!


この帯、かなりあの振袖に合う気がする・・・。

そして、家紋でもある揚羽蝶。それを囲む金色もお着物に合いそうだねぇ。


「日本に帰りたい」とは基本的には思わない自分だけれど、

これに関しては、めちゃくちゃ帰国したい!!!


って、あと1年2ヶ月かぁ。早いなぁ・・・。

2009/01/14

AMOR

「愛」ってなんでしょうか。
「愛情」ってどんな感情でしょうか。


日本に居た頃は、「愛」「愛情」だなんて言葉、殆ど使わなかった気がする。だって、表現する必要もないくらいに家族や大切な人たちから浴びていたものだったし、自分にとって「当たり前」のものだったから。

それから別の意味では、日本人にとってはあんまり口に出し慣れていない言葉だからっていうのもあるかも知れない。日本という国に居たら、特に日本人同士だったりすればなおさら、照れくさくてあんまり使わない言葉だもんね。


でも、最近よく考える。
「愛情」って本当に大事なんだなって思う。
これよりも大切なモノなんて、世の中にあるわけないって思う。


例えば。
無条件に自分を愛してくれる人がいる事を知っている子と、知らない子。きっとこのブログを読んでくれているみんなは、明らかに前者でしょう。そういう環境で育ってきた人ばっかりだと思う。みんな本当に愛されて生きてる人ばっかり。

だけど悲しいかなここHogarには、そうじゃない子がたくさんいる。あたしが、本当の家族でもないのに、その子のした事に対して泣いたり叱ったり一緒に悲しんだり喜んだりしていると、ふとした瞬間に「なんで?なんでマリはそうなの?」と訊いてくる子がいる。

え…なんでって言われても…愛しいから。かわいいから。大事だから。キミがダメだとあたしもダメだから。それだけのこと。これ、あたしにとっては、当たり前のこと。説明するまでもないし、今まで訊かれたことも説明したこともなかったんだよね。だからすごく戸惑う。

でも、本当に小さい頃から親と一緒に暮せなかったこども達の中には、なかなかそれを受け入れられない子が多いっていうことが、最近手に取るように良く解る。そんな彼らが、赤の他人からの見返りを求めない愛情に触れた時に、戸惑ってしまうのは当たり前なのかも知れない。

弟Julioなんて特にそう。あたしがどうしてこんなに可愛がって心配してるのか、今だに疑問なんだと思う。「何でそんなに僕の心配するの?僕なんかじゃなくて、もっと他の子に愛情注げばいいじゃん!」って言われたことがある。でも、愛情はある人に注いだからって、他の人に対する愛情が減ったりはしないのです。そういうこと、解ってないのね…。その点EliasはHogar最年少のアイドルで、みんなに溺愛されて、月に一度はパパが訪ねてくる。「愛されて当たり前」っていう環境にいられる彼は、ある意味でかなりラッキーだったと思う。


ある程度大きくなってからHogarに来た子と、4~5歳の頃に来た子。あるいは、小さい頃からHogarに居るけれど、不定期でも良いからちゃんと訪ねてくる家族が居る子と、そうでない子。やっぱり、見ていると歴然とした差がある。

人を信頼する。
人を大切にする。
人の気持ちを想像する。

上手い表現が見つからないけれど、今思いついた言葉でザッと書いてみると、そんな感じ。こういう「当たり前」のはずのことが、大幅に欠けているような気がしてならない。本当に悲しいことだけれど、そういう子が、結構多い。


きっと、こども達と一緒に暮らす事を放棄した(あるいは放棄せざるを得なかった)お父さんお母さんだって、本当は自分のこども達を愛してやまないはずだと思う。でも、一番大切なことは、大事に思っていることを、相手に解るように伝えること。言葉で「愛してる」って言うだけじゃなくて、ちゃんと相手が体感できるように「何か」をすること。口に出したり、行動に移したりしないと伝わらないことって必ずあるだろうし。今のところ、それがあたしの結論。

たぶん恋愛でも同じでしょう。たぶん相手は自分のことが好き。大事に思ってくれているはず。それでも、きっと「大事にされてる感」があんまり得られなかったら、悲しくて不安で虚しくて終わっちゃうよね?そんな事ないかなぁ。まぁ、あたしの場合はそうなのです。 普通に愛情を注がれて生きてきた人でもそうなのに、それに慣れていない人だったら…どうなんだろう。ちょっと想像できないや。


小さい頃から「愛情」を操る心のスペースがきちんと確保できている子は、人のことまで考える余裕があるんだと思う。ただ純粋にそれを受け入れて、出したい時に普通に出せる。この「愛情スペース」、一体どうやったら拡げられるんだろう。ご飯をいっぱい食べ続けたら胃がちょっと大きくなるように、愛情を注がれ慣れたら、ちょっとづつ大きくなるのかなぁ…。

JICAの活動報告書に書くべき内容ではないけれど、あたしのココでの使命は、愛情をとことん注ぐこと。それに尽きる。「今までたくさん恵んできてもらったから、今度は恵みたい。」確かそんな様な事を、JICAの面接で言った気がする。あたしが今まで恵まれてるなぁと感じる時、そこにあったものは他でもない色んな人からの「愛情」で、今、それを恵めるだけ恵みたいなと思う。すごく。


…なーんてことを昨夜、Eliasの天使のような寝顔を眺めながら、ふと考えたのでした。すごくありきたりなんだけど、今までよく考えもしなかったから、実はけっこう新鮮な想いです。

みんなにとって、「愛情」ってなんでしょうか。
ちゃんと愛してますか。自分のことも、大切な人も。

2009/01/12

también estas en mi corazón.

12月に去って行った兄弟のDanielとJuan Carlos。
そう、お兄ちゃんは、あたしの特に可愛がっていた"癒し系Daniel"です。

もしかして1月か2月になったら戻ってこれるのかなと思ったら、
結局、歯医者さんとして働いている叔父さんのところにお世話になるらしく、
残してあったお荷物を全て取りにHogarにやってきました。

久し振りの再会はすごく嬉しかったし、叔父さんは頼れそうな人だったし
歯医者さんなら経済的にもそんなに心配はないだろうし、一安心。
けれど、もう本当に帰って来ないんだと思うと寂しい。



色々と悪さもしたけれど、最終的に本当に憎まれないキャラのDaniel。
素直で、人懐っこくて、優しくて、そして何より癒し系。笑顔が最高。
日本に行ったら、一部の女子にはかなりモテるんじゃないかと本気で思う(笑)
そんな彼を囲んで、お庭でみんなで一緒にお写真を撮りました。
人数が少ないところがさらに寂しさ倍増だけど、お天気も良くて、良い感じでしょ。



帰り際、最後の最後にあたしのところに来てくれて、
忘れられない言葉を残してくれました。

"Señorita Mari, gracias por todo. Usted siempre esta en mi corazón."



この先、どうか道を踏み外しませんように。
溢れんばかりの愛情で彼を叱ってくれる人が側にいてくれますように。
泣きながら叱る口うるさい人が居たってこと、どうか忘れませんように。

Mi "cantante" Daniel.
Nunca olvidaré tu sonrisa preciosa.Te quiero mucho por siempre!

Eliasとの会話。


video

Elias: 写真?

Mari: うん。

Elias: あいこ! あいこは日本?

Mari: そうだよ。

Elias: もう来ないの?

Mari: たぶんもう来れないねぇ。

Elias: 来るよ、あいこ!

Mari: うーん…だといいねぇ。


Elias: ミカエラは?

Mari: ミカエラはどこにいるんだっけ?

Elias: パパ セルヒオは?行っちゃったの?

Mari: リマにいるよ。明日来るでしょ。


Mari: きれいに食べなさい。食べる時はお口閉じてね!

Elias: こう?  こう?  こう?(って訊くから閉じて食べられない!)

    んんん~ んまんま(意味不明)

Mari: 閉じなさいって言ったでしょー!!!


終。

2009/01/11

日本語喋るElias

あたしが着任した一週間後にやってきたElias。
背も伸びたし、走るしジャンプするし、だいぶ成長しました。

数ヶ月経った今でも、Eliasが初めて一人で
ポテポテっと歩いた時の感動は忘れられないあたし。


ご飯を一緒に食べる事が多いので、
たまに日本語を教えています。

最近のお気に入りは「ごめんなさい!」だけど、
その他には「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」。
「ありがとう」「おねがい」もちゃんと理解してくれてます。

昨日たまたま動画を撮っていたら、
最後に真似して「ありがと~まりこ」だって☆

video

んね、かわいいでしょ???

今朝ものすごく嬉しかったのは、
「ほら、日本語で数字数えてごらん」と言ったら
ちゃんと1から10まで言ってくれたこと!!!

すごいよねぇ・・・
来た頃は喋りもしなかったし、
スペイン語の数字だって最近覚えたばっかりなのに。


こうなってくると、欲が出てきてもっとベッタリ教えたいところなんだけど・・・
他の子たちの嫉妬心がそろそろ芽生えてきそうなのでこのへんで休憩。
おんなじペースでいかないと、後が大変ってことはもう学びました。

さ、新しく入ってきた3人のこども達に「世界に一つだけの花」教えてきます。

2009/01/10

振袖を買ってしまいました。

なぜかペルーから、ネットで振袖を買ってしまいました。

あぁ・・・
2010年まで着れないと解っていても、買ってしまうおバカなあたし。 けっこう悩んだんだけどね。JICA事務所帰りにコーヒーを一杯だけ飲んで帰るつもりだったスターバックスで、2時間くらい悩んだ結果の判断です。


自分が成人式の頃は、みんなと同じような振袖なんてつまんなーいとか意地はりながら、写真さえ撮らなかったあたし。親には何もしないでごめんねと謝られたけれど、全然あの頃はそれで良かったのです。本当に。

でも今になってこれだけお着物にはまってみると、やっぱり一枚くらいは欲しいというのが本音。親友の結婚式にあえて「付け下げ」で行ってお母さん風を吹かせるのもまた楽しいものだけど、やっぱりまだまだ和服の世界では「娘さん」ですから、振袖でお袖をひらりひらりとさせたい気持ちもあるのです(笑)

かと言って、今更、20歳の子が着るような派手な色柄のはもう全然着たくないし、アンティークの振袖を探してもだいたい160センチ未満でつんつるてんなのです。


でもね、久し振りにとある着物屋さんからのメールマガジンを開いてサイトを見たら、めちゃくちゃあたし好みの振袖を発見!!! ついにキタ・・・コレだよコレ♪




この派手すぎず地味すぎない金茶色と綺麗なグリーンのぼかし、そして大好きな蝶々と桜の刺繍。さらに176センチまで着用可能とのこと。手長族のあたしにぴったり!しかも正絹の長襦袢付きで届けてくれるそうです。

あたしが日本に帰るのは2010年の3月。
帰ったらすぐに着たいなぁー。誰かその頃に結婚式を挙げてください♪
めちゃくちゃ楽しみだよー。

あぁ。お着物が恋しい…。

2009/01/09

協力隊生活、一年。

気がつけば今日は1月9日。
協力隊の派遣前訓練が始まってからちょうど一年です。

ペルーでの任期が残り1年3ヶ月間しかないと思うと
すごく短く感じるけれど、この一年間は本当に
毎日が濃くて、日々学ぶ事がたくさんあったように思う。


机に向ってコツコツお勉強するなんてことも
ここ数年間では殆どなかったし、
自分の暗記力や集中力と闘うのも久し振りだった。

「外国人」になったのも久し振りだったし、
世代も環境も違うこども達に心を開いてもらうのも
今思えばそれなりに大変だった。


かつて友人に
「失えば得る 得れば失う。 これが世の法則。」
と言われた。その時は諦め半分で、確かにな、と思った。

でもよく考えてみたら、日本を離れたからと言って、
実際に失ったものなんて何もないっぽい。


離れてても、ちゃんと「繋がってる感」がすごくあるから。
ここ南米のペルーの砂漠の中に居ても、
日本とも、アフリカとも、中米ともちゃんと繋がってます。

この一年間で得たモノ、多すぎ。
あと一年ちょっとでもっと増えると思うと、凄い。
協力隊に来てよかったと、つくづく思います。

2009/01/08

写真

この一年数ヶ月間で撮った写真を整理しました。

なんとその数、5,000枚以上。
動画もかなりの量です。

職場の最終出勤日や
駒ヶ根の協力隊訓練所にはじまり、
家族と一緒にお食事に行った日、大親友の結婚式、
日本での最後の時間、そしてペルーでの生活や
ここHogarでのこども達との思い出。
姉が旅行に来てくれた時もめちゃくちゃいっぱい撮ったし、
エクアドルでもいっぱい撮った。


一度PCが故障してしまった関係で
無くなった写真があるのが悔やまれてならないけど、
やっぱり写真て良いなぁと、改めて思ったのでした♪

2009/01/06

エクアドル旅行。

初の任国外旅行に行ってきました。
行き先はペルーの北にある隣国、エクアドル

滞在したのは首都のキトと、少し南にあるリオバンバという場所の2カ所だけ。エクアドル隊員には「一週間エクアドルに居て、なんでそれだけ?!」と言われたけれど、今回の旅行の目的は休養&リフレッシュだったからあたしにとってはコレで充分でした。


忘れないうちに、今回の旅行で印象深かったことを少し。


リマの空港で出国カードを書かなくちゃいけないのに、ボールペンを持っていなかったあたし。出国審査の列を担当しているお姉さんに「すみませんが、ペンを貸してもらえませんか?」「知りません。」「持ってないので書けないんですけど・・・??」「知りません!」「じゃあどうすれば???」「知りません!!」・・・最終的に、近くに居た普通の旅客のおじさんにお願いして貸してもらいました。日本だったら120%探して貸してくれるのにねぇ・・・さすが神秘の国ペルー。あたしを出国させない気かいッ。


エクアドルはペルーの隣国だけあって、あんまり「外国」という印象は受けなかった。ただ、街並はリマより少し綺麗だし、交通事情もだいぶ良い。物価は少しだけ安いけれど、スーパーで扱っている商品はほぼペルーと同じような感じだから、どっちが住みやすそうって意識はあんまりない。けれど、エクアドルに居て、あたしにとって一番大きな違いは・・・街中でクンビアがかかっていない!サルサばっかり!!!クンビア大好き族のペルー人との一番の違い、あたしにとってはかなり大きいのです♪素晴らしい環境でした。


エクアドルでは2つのホテルに宿泊。予約時のメールに「友人のお誕生日なので眺めの良いお部屋にしてください」的なことを書いてみた。すると・・・なんと、両方ともスイートルームを用意しちゃってくれました!お風呂もお部屋もベッドも広々!サービスも良い!そしてお値段はそのまま!!何だって、とりあえず言ってみるものですね~。旅行費をケチって悲しい思いをするよりも、思い切ってちょっとだけ贅沢した甲斐があったというもの。コレも日頃の行いってことで、調子に乗らせて頂きます☆


リオバンバという街には「屋根の上に乗れる列車」のためだけに行きいました。ガイドブックには列車の旅は3時間半くらいと書いてあったので、朝7時出発⇒11時には向こうに着くのかな、と。ところがどっこい。朝寝坊してしまって7時ギリギリに到着すると、なんと出発は7時半過ぎ。ここまでは、さすがに南米時間にそれなりに慣れたあたしにとっては普通。でも・・・なんと目的地に着いたのは午後2時半。停車したり脱輪したりして、倍の時間がかかってしまいました。景色がすごく綺麗だし、列車の上というおかなり貴重な体験だったから行って本当に良かったけれど、余程の鉄道マニアか山マニアにしかおススメできません(笑)超絶南米時間が流れていますので要注意。


9ヶ月ぶりに他国の隊員と会う。同じスペイン語圏と言えど、やっぱり国や職種によって使う単語や表現は様々。例えば「車」が「coche」だったり「carro」だったり。お互いに日本語が上手く出てこないのでスペイン語を混ぜて話したりするけれど、相手がふとした瞬間に発する言葉がスペイン語なのか普通の日本語なのか相手の出身地の方言なのか・・・最初の数日間は聞き取りに苦労するという問題が発生。あたしの喋ることもちゃんと伝わっているのか不安が過ぎる最初の数日間でした。恐るべし、異文化。


レストランでワインのハーフボトルを注文。お肉に合わせて久々の赤ワイン。それなりに雰囲気の良いレストランだったからどんなワインかとわくわくして待つと・・・店員さんが普通のサイズのボトルを持ってきた。「あれ?」と思ったらボトルの真ん中あたりを指差し、「hasta acá(ここまでね)」と一言。えぇー!!!「ハーフ」ってそういうこと?!あまりにもびっくりして、ボトル一本頂くことにしましたが・・・今でもあの時の一言を思い出すだけで一人でも思い出し笑いできます(笑)旅行最終日まで、いや、リマに帰ってきてスターバックスでコーヒー飲んでても、このネタで笑い続けられる自分がいます。



危険なことも嫌なこともなく、8日間の旅行を満喫。
これだけ幸せいっぱいに楽しんだんだから、今年は笑顔でいけるはず。
ちゃんと、こども達に笑顔と幸せを感染できる人でいられそうです♪