2009/02/19

想像力の限界

昨日、Julioとお出かけしました。

おじいさんとおばあさんのお家に、一人で暮らすことにしたからって報告しに行くのに付き合った。まぁあたしはお家の側にあるインターネットで時間潰して待ってたんだけどね。

2時間くらいお話して、Julioは戻ってきた。この前まで一緒に暮らしていたのは、お父さん側の叔母さん。彼ら家族とはちょっと上手くいかなかったから、今回はどうだろうってドキドキして待ってました。でも、昨日お話したのは、お母さんの妹さんで、ここに住めば良いじゃないって言ってくれたりすごく心配してくれたけど、最終的には「とりあえず一年間頑張ってみれば」って言ってくれたみたいで一安心。


でも、かなり衝撃を受けたことが一つ。彼ら兄弟には、ご両親はいないんだと思ってた。なぜなら、かつて弟のRicardoに「生きているのかも知らない」って聞いたことがあったから。でも、実はお母さんは、昨日Julioが行ったおじいさん達のお家で普通に暮らしていたの。あたしは昨日まで、それを知らなかった。もう亡くなっているんだとばっかり思っていたから、あたしも深くは聞かないでいたわけです。

動揺を隠しつつ、「で、お母さん何て言ってた?」って聞いたら、
「挨拶はしたけど、横に座ってるだけで別に何も。見てただけ。」だって。

実の母親に、Hogarを出て、叔母さんのお家も出て、一人で生活することに決めたよって報告しに行って…何も言われないJulio。どんな気持ちだったのか、とてもじゃないけれど想像が出来ません。12月にも、この前まで一緒に住んでいた叔母さんたちと一緒に会いに行ったらしいんだけど、その時も挨拶しただけで何も喋らなかったんだって。

…信じられる?! 無理だよね、そんなの。
あたしには、どうしても理解できなかったよ。
お母さんの気持ち、Julioの気持ち、想像しようと思っても、どうしても無理だった。


Julioとよく話をするようになって、7ヶ月くらい経った。だいぶあの子のことを理解しているつもりでいたけれど、昨日、あぁ、そうだったのねって、納得できる事がたくさん見つかったような気がする。実のお母さんが居るのに、引き取るどころか訪ねても来ない、Julioが生きているのかも去年の12月まで知らなかったようなお母さん。だから、きっとあたしにはお外で待ってて欲しかったんだろうな。会ったらあたしがショックを受けるのを彼は解っているから、紹介したくなかったんだと思う。

でもね、Julioを待っている間のインターネットで、ママがくれていたメールを読んで、あたしは凄く嬉しくなって、帰り道にそのことを話したのね。

「あたしのママはJulioのこと知らないけど、マリコとは違って、きっとアイコみたい物事を慎重によく考える子だろうからきっと大丈夫ってメールが届いてたよ。上手く行かなかった場合とかまで考えるタイプで、ついつい悪い方へ考えすぎそうだけど、実は結構しっかりしてるんじゃないのって。何で会ったこともないのに解るんだろうねぇ…すごいよね。」って話したら、めっちゃ喜んでた。

Julioはあたしの姉のことも大好きだからね。例えがアイコで嬉しかったんでしょう。いつも「なんでそんなネガティブなわけ?感染しそうだからそーゆーのやめてくれない?!」と言っているあたしに対して、「そーだよ!ただ、マリとは違ってよく考えるだけなんだよ!」って、ちょっと得意げに言われてしまいました(笑)


そんなこんなで、一人暮らしへの準備は着実に進んでおります。今日は、履歴書を作ってあげたし、あとは面接に行く前に髪の毛を切ってあげれば大丈夫かな。


それにしても、Julio母…未だに信じられません。何も言ってくれないお母さんを持ったJulioの気持ちがあたしにはどうしても解ることは出来なくて、それもまた、途方もなく悲しい。

あと一年ちょっとで日本には帰っちゃうけど、あたしが、あんたの家族だよ。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

Julio母はたしかにひどいけど、日本では自分の子供を暴力で虐待する親がいるんだから、まだ、無関心でいてくれたほうがまだマシという見方もできる。
といっても、Julioにはそんな親もいることは想像できないだろうから、やはり、心の中では辛かったと思う。(泣)

そもそも、自分で育てられないのに子供を作るというのが基本的にだめだよね。

きっと避妊具が高い…

そういえば、思い出したことがありました。(豆知識)

- - - - - - - - - - - - - - - -
戦争後の日本の話

戦争未亡人や
捨て子・戦争孤児が
街中に溢れてたらしい


それを見た
ある女性が・・・


いつも辛い思いをするのは女性や子供だと愁い

孤児を沢山引き取り

現状に何か出来ないか?と資産を売り払い

何度も失敗を繰り返して出来たのがコンドームである。

その時代

女性が
性関係の商品を扱うには世間の目は冷たく陰口や差別も受けたらしい


試行錯誤を繰り返し
出来上がったのが


現在のコンドーム


その女性は

世界中の女性や子供を

少しでも悲しみから身を守れるようにと

コンドームの
特許も取らず
技術を惜しげなく世界中に提供しました。




世界中にある
コンドームの原点は

昭和の
日本女性なのです。

Mari さんのコメント...

ま、確かにそういう考え方もあるっちゃあるよね。でもねー、本当に知らなかったからかなり驚いたよ。かわいい弟の気持ちを思うと、すごく悲しかったです。